【微生物検査室コラムシリーズ】
自動化や技術革新が進む中、検査技師が大切にすべきことは
自動化と技術革新が進む医療現場において、検査技師に求められるスキルとは何か?今回はくまもと県北病院 教育研修部室長 永田様に、基礎技術の重要性とAIとの共存を通じて、これからの専門職としての検査技師の役割をお話しいただきました。永田様は臨床微生物検査技師としての豊富なご経験を活かし、地域医療の向上に貢献しておられます。
検査実務の自動化が進み、精度向上、スピードアップにつながっていますが、得られたデータを鵜呑みにせず、データの信憑性を評価できるスキルが益々求められてくると思います。機器にかける以前に、診断に適する検体を選ばなければ診療支援にはつながりませんので、肉眼とグラム染色による検体の質の評価は大事です。発育したコロニーは、形状や色調、大きさ、硬さ、粘稠性、臭いなど、五感?(味覚・聴覚は無理?)を使って観察し、機器の同定結果と比べることも、何か変だな?と気づくきっかけにはなると思います。
緑膿菌はお香の匂いがすると言いますよね。
そういうのはありますね。臭いも菌種推定の重要な指標になります。
また不適検体をリジェクトする際に「良い検体を取る」提案をすることも大切かと思います。吸引痰の中にはチューブ挿入時に混入した常在菌と上皮のみが観察されることがあります。これを断る際に「もし感染があるのであれば奥から膿性痰が湧き出てくるかもしれません」などとコメントすることで、良質な痰が再提出されることもあります。その際は「お蔭で良い検体が取れました」とフィードバックすることも大切です。
技術的なお話になってしまうのですが、染色の時間は固定ですか?
いや、そんなことはないですね。染色法ごとに多少時間は異なりますが、脱色時間は変化します。一般的に膿性度や粘稠度が高い材料ほど脱色時間が幾分長くなる傾向はあります。大事なことは、水洗後脱色前によく水を切っておくことと、脱色液を一気に注いでスライドグラス全面を満たすことです。水洗後に残った水で脱色液のアルコールが希釈されるとどうなると思います?
水で薄まるということは、脱色力が落ちる?
じつは強くなってしまいます。十分量の脱色液を一気に注ぐことにより希釈される度合いが少なくなり染色性が安定します。初心者は少しずつ恐る恐る脱色液を加えがちですが、それが良くないわけですね。
当院では先生方が現場で染色出来るように救急外来にグラム染色コーナーを設けています。また医学部の学生さんや研修医の先生方に希望があればグラム染色のミニレクチャーや染色手技の実習も行っています。染色のコツをつかんでいただいて、日常診療に活かしていただければと考えています。
救急外来にグラム染色できる環境を作られたことで、皆さんが出来るようになりましたか?
分からないことがあれば電話で、あるいは直接検査室にこられることもあります。実際に染色標本を見た経験があれば、染色像のイメージが頭の中にありますから、細かな説明もできやすくなり、コミュニケーションも取りやすくなります。今はスマホで撮って画像を送ることもできますので、技師間でも判断に迷うような場合にはLINEなどでやり取りをしています。
夜間に血培陽性となったときに塗抹で、細菌検査技師以外の方が当直だったりする場合には判断が遅くなってしまいますが、スマホで画像を送れるとそういう必要もなくなりますし、ITの力を感じますね。
AIを用いた塗抹検査についてのご質問もいただいていましたが、その精度はより多くの染色標本を読み込ませることによって向上すると思いますので、ヒトとAIが寄り添ってともに育てていくことが大切かと考えます。AIにかける前に患者材料を塗抹するのはヒトの作業です。選んだ検体の部位や塗抹の厚さによって染色所見は変化しますので、結局基本は標本を作製する技師の技量に関わってきます。「良い標本を作ってAIをアシストする(笑)」ことも大切かと思います。
医師より問い合わせがあった際に、こういう染色像が見えますけど、どういう状態の患者さんなのでしょうか?などとお聞きしながら、一方通行ではない情報のキャッチボールを心がけています。それだけで病原微生物を絞り込むこともできます。
以前学会で「グラム染色の情報を培養や遺伝子検査につなげる」といったテーマを頂き、グラム染色を見ることによって次の検査へ枝葉が広がるという話をしたことがあります。グラム染色で菌が推定できていれば、培養で前もってその菌に適した選択培地の追加や培養環境(微好気、嫌気)の選択もできます。遺伝子学的検査は、検体から複数の微生物や薬剤耐性遺伝子まで同時に検出できる万能な検査機器まで市販されています。すごい進歩です。ただその試薬に網羅されていない病原体は検出できませんので、染色でそれ以外の菌が見えていないかを確認しておくことが大切になります。新しい技術を活用しながら、それを補うかたちで基本的な塗抹・培養検査はしっかり押さえておくことが臨床検査技師の役割ではないかと思います。
以前は熊本県北地域の技師が自主的に毎月当院に集まりの勉強会を開いていました。その後2000年に熊本臨床微生物ネットワーク研究会(KCMN)が設立され、県内全域での情報共有につながって行きました。この取り組みでESBLの流行が2003年に県北地域で始まり、年を追うごとに県央、県南地域へと南下していく現状をリアルタイムで知ることができ、有効な感染対策につながりました。さらに2012年には熊本県感染管理ネットワーク(HAICnet)が設立され、医師、歯科医師、看護師、薬剤師および臨床検査技師が参加して、より詳細なデータの集積と地域への還元が可能となりました。これら県内での地域ぐるみの感染防止対策を、国立感染症研究所の先生のお声掛けで、2016年に日本環境感染学会JANIS関連のワークショップの中で発表させていただきました。
今後もこれらの県内のネットワークを大切にしながら、地域の感染防止対策に貢献出来ればと考えています。
貴重なお話を頂戴しありがとうございました