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コラム
2025.6.12
萩谷英大先生は、感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は2024年後半から流行している百日咳の感染経路、臨床経過などの基本的な知識から効果的な感染対策、ワクチン接種の重要性を分かりやすく解説していただきます。
2024年後半から百日咳が全国で流行していることは様々なマスメディアで取り上げられており、読者の皆様もその動向に注目していることと思います(図1,2)。今回はそんな百日咳の基本を復習し、どのように感染対策のアプローチを考えていけばいいのかをご紹介したいと思います。
図1. 国立感染症研究所の感染症発生動向調査より
図2. 東京都感染症情報センターより
百日咳は、Bordetella pertussisによる細菌感染症です。咳やくしゃみによる飛沫感染が主な感染経路で、感染力が非常に強いことで有名です。その感染力は空気感染をする麻疹と同等とされており、基本再生産数(R0)は約16-21とされています。すなわち、一人の感染者がいると周囲の感受性者約20名に感染させてしまうということです。終生免疫を獲得できる感染症ではないため、生涯で何度でも百日咳にかかる可能性があります。新生児~6か月未満の乳児が百日咳に感染すると呼吸不全から死に至る可能性があるため、適切な診断・治療やワクチン接種による予防が重要です。
百日咳菌は2つの代表的な病原因子を有しています。一つ目が、百日咳毒素(Pertussis Toxin:PT)でリンパ球増多やヒスタミン感受性亢進を引き起こします。二つ目が、繊維状赤血球凝集素(Filamentous hemagglutinin:FHA)で、感染初期に気管繊毛上皮細胞への付着を促します。
百日咳に感染すると、1-2週間の潜伏期の後に、以下のように3つの病期を辿るとされています。
微熱,咳,くしゃみ,鼻水など感冒性の初期症状を示す。次第に気管支,細気管支に炎症が及び咳嗽症状が強くなる。この時期に強い感染性がある。
百日咳特有の痙攣性咳嗽 (レプリーゼ:Whooping cough)がおこる。これは15-20秒の間に咳が「コンコンコンコンコンコンコン」と連続して起こるスタッカートと、その後に狭い声門を吸気が通る「ヒュー」という特徴的な呼吸音(ウープ)を聴取する。この時期には嘔吐、低酸素血症により痙攣やチアノーゼ、無呼吸、顔面紅潮・眼瞼浮腫(百日咳顔貌)、結膜充血の症状が見られ、尿失禁、肋骨骨折、失神も見られる。新生児が発症した場合、無呼吸発作に至り、適切な呼吸管理がなされないと死亡する可能性がある。これらの症状は、B. pertussisが産生する百日咳毒素がヒスタミン感受性を亢進することによって惹起されると考えられている。
百日咳特有の症状を呈するこの時期には、すでに気道からのB. pertussisの検出は難しい一方で、飛沫感染することはないとされている。
咳嗽発作の回数が減り、軽い咳が続き次第に改善していく。
百日咳の診断は比較的複雑です。病期によって細菌培養・遺伝子検査・抗体検査を使い分ける必要があります。ポイントは、百日咳に特徴的な痙咳期に入ると細菌培養では検出されなくなるため、遺伝子検査もしくは抗体検査が必要になることです。
感染後週数 | 0週 | 2週 | 4週 | 6週 | 8週~ |
---|---|---|---|---|---|
病期 |
カタル期 | 痙咳期 | 回復期 | ||
診断方法 |
細菌培養※1 | × | × | × | × |
遺伝子検査※2 | × | × | × | ||
× | 抗体検査※3 |
※1 ボルデ・ジャング培地など特殊培地が必要
※2 PCR検査・LAMP法など
※3 抗PT IgG抗体、抗FHA抗体など
日本呼吸器学会は咳嗽喀痰の診療ガイドライン2019において百日咳診断基準フローチャート(図3)を発表しており、百日咳が疑われる患者さんの診療には有用だと思いますので参照ください。
図3. 百日咳診断基準フローチャート
https://www.jrs.or.jp/activities/guidelines/publication/20191205170450.html
感染初期のカタル期には、症状改善や周囲への感染防止効果が期待されるため抗菌薬投与の適応となりますが、痙咳期以降は無効です。一般的には、マクロライド系薬(アジスロマイシン・クラリスロマイシン)が推奨されていますが、中国[1–4]やベトナム[5]からマクロライド耐性菌の増加が報告されています。日本でもマクロライド耐性百日咳による死亡例の報告[6]もあり注意が必要です。マクロライド耐性菌に対する治療としてはST合剤、キノロン系抗菌薬、ピペラシリンなどが有効である可能性がありますが、国内の保険適応の問題や、臨床的エビデンスの不足などもあり、確立した治療方法がないのが現状です。新生児~6か月未満の乳児で治療方針に困った際には、小児感染症のスペシャリストに相談するのがよいでしょう。
百日咳は、2017年までは小児医療機関からの定点報告のみでしたが、2018年からは五類の全数把握疾患に変更されたため、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に発生届を提出することが義務付けられています。
百日咳は感染力が極めて強いためワクチン接種による予防が重要です。図4は日本の百日咳ワクチンの歴史と、関連する患者数・死亡者数の変遷を示した資料です。ワクチン接種が一時中止となった結果、患者数・死亡者数が増加し、接種再開となったタイミングから減少したことが一目瞭然ですね。
図4. 百日咳ワクチンと患者数・死亡者数の変遷
1972年(昭和47年):百日咳ワクチン(死菌ワクチン)開始
1974年(昭和49年):百日咳での死者が0となったが、ワクチン接種に関連するとされる死亡が1名報告され、百日咳ワクチンが中止となった。
1979年(昭和54年):ワクチン接種率が低下するに伴い、百日咳による死者が全国で41人まで増加
1981年(昭和56年):成分ワクチンが開発・接種可能となりワクチン接種率が向上し、患者数・死亡者ともに減少
百日咳を予防するために、日本の予防接種スケジュールでは、生後2-3-4か月及び1歳で基礎免疫をつけるワクチン接種が規定されていますので、まずは乳幼児期に規定されているワクチン(五種混合[DPT-IPV-Hib])をスケジュール通りに接種しましょう。問題はそれ以降です。日本の予防接種スケジュールでは、百日咳を含んだワクチン接種の機会はこれで終了となっており、ブースト接種を受けることが規定されていません。しかし、百日咳ワクチンによる予防効果は5-10年程度で減衰するとされているため、医学的には定期的なブースト接種が必要と考えられています。では、いつ頃にブースト接種を受けるとよいのでしょうか?
図5は再び東京都感染症情報センターの公表データですが、百日咳は明らかに小学生~高校生での流行が大きいことがわかります。学校生活の中で集団感染をしやすいという事実に加えて、ワクチン免疫が薄れていることが要因と考えられています。そのため世界保健機関(WHO)や海外諸国は就学前の5-6歳時に百日咳を含んだ三種混合ワクチンの接種を推奨しています。さらに、11-12歳には日本では二種混合(ジフテリア・破傷風)ワクチンが定期接種に規定されていますが、ここも諸外国では百日咳を含んだ三種混合ワクチンを接種することが推奨されています(図6)。日本で発売されている三種混合ワクチン(DPT:トリビック®)は、この時期に接種可能です。任意接種となりますので支払いが発生しますが、百日咳予防のためには学童期にブースト接種をすることは重要なことだと考えられています。日本の予防接種スケジュールの見直しが進み、適切なワクチン接種が可能となる制度に改善されることが期待されます。
図5. 東京都感染症情報センターより
図6. 2025年版の小児の予防接種スケジュール(一部追記)
ここまででご紹介したワクチン接種機会以外にも、諸外国では妊娠後期のブースト接種(乳児の重症化を防ぐための「母子免疫ワクチン」)、成人して10年ごとのブースト接種が推奨されています。日本で発売されている三種混合ワクチン(DPT)は成人に接種すると局所の腫脹が強く出やすいことが知られています。米国などではジフテリア抗原量を調整した三種混合ワクチン(Tdap)が一般に流通しており、日本でも成人に接種しやすいワクチンが接種可能となることが期待されます。
[1]Ivaska L, Barkoff A-M, Mertsola J, He Q., 2022. Macrolide Resistance in Bordetella pertussis: Current Situation and Future Challenges. Antibiotics (Basel) 11: 1570
[2]Wang Z, Li Y, Hou T, Liu X, Liu Y, Yu T, Chen Z, Gao Y, Li H, He Q., 2013. Appearance of macrolide-resistant Bordetella pertussis strains in China. Antimicrob Agents Chemother 57: 5193–5194
[3]Wang Z, Cui Z, Li Y, Hou T, Liu X, Xi Y, Liu Y, Li H, He Q., 2014. High prevalence of erythromycin-resistant Bordetella pertussis in Xi’an, China. Clin Microbiol Infect 20: O825-30
[4]Hu Y, Zhou L, Du Q, Shi W, Meng Q, Yuan L, Hu H, Ma L, Li D, Yao K., 2025. Sharp rise in high-virulence Bordetella pertussis with macrolides resistance in Northern China. Emerg Microbes Infect 14: 2475841
[5]Kamachi K, Duong HT, Dang AD, Hai T, Do D, Koide K, Otsuka N, Shibayama K, Hoang HTT., 2020. Macrolide-resistant Bordetella pertussis, Vietnam, 2016-2017. Emerg Infect Dis 26: 2511–2513
[6]Iwasaki T, Koide K, Kido T, Nakagawa S, Goto M, Kenri T, Suzuki H, Otsuka N, Takada H., 2025. Fatal case of macrolide-resistant Bordetella pertussis infection, Japan, 2024. J Infect Chemother 31: 102727