医療従事者向けお役立ち情報
コラム
2026.01.14
萩谷英大先生は感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は「感染症管理におけるデジタル・タトゥー」をテーマに2部構成の前半として、感染性疾患の保菌歴や陽性歴が電子カルテに長期間残ることによる患者への影響や医療倫理上の課題について解説していただきます。
皆さんは“デジタル・タトゥー (Digital Tattoos)”という言葉を聞くと何を思い出しますか?Wikipediaでデジタル・タトゥーという言葉を調べてみると、「インターネット上で公開された書き込みや個人情報などが一度拡散してしまうと、完全に削除するのが不可能であることを、“入れ墨(タトゥー)を完全に消すことが不可能”であることに例えた比喩表現」と説明されています。効率化を優先した結果、医療現場もデジタル化が進み、我々は様々な恩恵を受けていますが、そんな現代社会だからこそ医療現場におけるデジタル・タトゥーに注意が必要だと考えています。今回は、デジタル化の中で我々医療従事者の多くが関わる感染症管理に関連するデジタル・タトゥーを紹介しながら、その利点・欠点・注意点などについて議論していきたいと思います。少し硬い文章が続きますが、しっかり読み込んでいただくことで新たな発見があると思いますので、是非最後まで一読ください。
医療分野におけるデジタル技術の発展は、電子カルテの開発・社会実装として具現化され、その結果、患者情報へのアクセスが向上し、医療の効率性を大きく向上させたことは間違いありません [1]。しかし一方で、デジタル記録が(ほぼ)恒久的に保存されるという特性が、新たな課題を同時にもたらしていることを認識する必要があると思います。すなわち、一度入力された記録が、必要以上に長期間残存し続ける可能性があるという問題で、無意識に患者の扱いや診療方針に影響を与える可能性があるのです [2]。
電子カルテに保存される医療情報のうち、特に(i)感染性疾患の既往歴および(ii)抗菌薬アレルギー歴に関するデータは、本来の臨床的意図を超えて、臨床的妥当性が失われた後も電子カルテ内に残存し続ける可能性が高い医療記録と言えるでしょう。薬剤耐性菌(AMR)の保菌歴(MRSA、VRE、ESBL産生菌、CRE)や感染性ウイルス疾患の陽性歴(HBV、HCV、HIV)は、院内感染対策や職業関連感染対策として重要なデータですので、皆さんが普段使っている電子カルテでもアクセシビリティの高い医療情報として見やすい位置に表示されていると思います。また、薬剤アレルギー情報は医療安全管理上でも重要な記録であり、カルテシステム内では同じように視認性を意識した情報提示がされていると思います。
これらの情報は、感染対策や医療安全といった病院視点では重要ですが、患者にとっては負の側面を有する可能性があることを我々は認識するべきです。これらの過去情報は、医療従事者の臨床判断に影響を与え、不要な隔離、広域抗菌薬の過剰使用、スティグマの助長、患者の心理的負担、さらには医療費増加といった多面的な不利益をもたらしうるものとなるのです。本稿では、こうした電子カルテ上に残存する感染症関連の記録を、比喩的に「デジタル・タトゥー(Digital Tattoos)」と捉え、感染症管理を適切に実施しながら、患者に対する不利益を最小化するためのアプローチについて考えます。
| 分類 | 感染性疾患の保菌歴・陽性歴 |
|---|---|
| 典型例 |
薬剤耐性菌(MRSA、VRE、ESBL産生腸内細菌目細菌、CRE)の保菌歴 感染性ウイルス疾患(HBV/HCV/HIV)の陽性歴 性感染症(梅毒)・結核・ハンセン病など |
| 記録の目的 | 適切な院内感染対策・職業関連感染対策 |
| 問題点・臨床に
与える影響 |
不要・不当な感染隔離の継続 隔離に伴って、必要な医療処置の遅延 感染対策の解除基準が曖昧 |
| 患者負担
(倫理的問題) |
スティグマの助長(精神的苦痛)
差別的対応の固定化・入院期間の延長 |
| 背景要因 | 患者の臨床状況に応じた感染リスクの見直しがされていない |
| 改善方法 | 過去の検査データのみに依存せず、患者の臨床状況に応じて
柔軟に感染対策アプローチを判断していく姿勢が重要 |
まずはじめに、「MRSA陽性」「ESBL産生菌保菌」「CREキャリア」「HIV感染」などの医療記録について取り上げます。これらの記録は、患者のプロブレム・リストや感染対策フラグに付加されることが多いと思います。診断当初は医療従事者間の注意喚起として適切に機能する情報ですが、記録削除や感染対策解除のための基準が標準化されていないことが多く、特に忙しい臨床現場ではこれらの“ラベルの再評価”が優先されることはほとんどないと思います。 その結果、本来は更新されるべき感染症関連情報が、事実上「半永久的な事実」として固定化される傾向があります。したがって、たとえ微生物学的に陰性化していたり、治療により感染伝播リスクが低下していたとしても、これらの記録は電子カルテ上に長期間表示され続け、消えないデジタル上の足跡(Digital Footprint)へと変化していきます。このような持続的なラベリング(レッテル)は、本来必要のない接触感染予防策や、長期個室隔離、さらには広域抗菌薬の過剰使用を招く可能性が高く、その結果、要な医療処置の遅延、患者の心理的負担の増大、医療費の増加といった不利益が生じ得ることも想像に難くありません [3][4]。
臨床的・経済的非効率性にとどまらず、このようなデジタル・タトゥーには重要な社会的・倫理的問題も内在しています。 すなわち、感染症診断に伴うスティグマのリスクです。歴史的には、強い恐怖や道徳的偏見の対象となってきた結核、ハンセン病、HIV感染症などで問題視されてきましたが [5]、現在でもAMR保菌者や性感染症患者(梅毒など)において垣間見られることは事実だと思います [6][7]。
こうした感染症関連の医療記録が電子カルテ上に残存し続ける場合、患者は不要(かつ不当)な隔離の対象となり、不平等が助長される恐れがあります。さらに、これらの警告表示は電子カルテ上では医療従事者が認識しやすいよう目立つ形で表示される一方で、患者自身にはその情報がどれだけ長く残り、医療者にどのように解釈されるかを知る由はありません。このようにして、デジタル・タトゥーは医療情報システムに内在化した“構造的スティグマ”の一形態として機能し続ける可能性があり、医療におけるパターナリズム問題の一つとして再考されるべきだと私は考えています。
デジタル・タトゥーの問題の核心は、「静的な(変化しない)医療記録」と「動的に変化する感染伝播リスク」との間に存在する重大な乖離です。すぐには理解できないかもしれませんが、言いたいことは簡単です。「静的な(変化しない)医療記録」とは、これまで説明してきたように、感染性疾患の保菌歴・陽性歴を示しており、一度電子カルテ内でラベリングされるとそれが半永久的に残存してしまう現状を意図しています。「動的に変化する感染伝播リスク」とは感染症の院内感染リスクは患者の臨床状況によって変動することを意味しています。院内感染対策・感染制御は、本来、患者の臨床状態(ADL [自立 or 介助状況]・入院環境 [一般病棟 or ICU])、治療経過、微生物検査結果に基づき個別に調整されるべきものです。 しかし、感染対策の標準化(誤解を恐れずに表現すると、システム化された院内マニュアルを遂行することが絶対正義であること)を優先するあまり、「検査陽性 vs. 検査陰性」、「保菌者 vs. 非保菌者」といった二元論的判断に終始している医療現場をよく見ます。患者がかかえる感染伝播リスクは治療状況により常に変動しており、医療者の業務負担を軽減し、患者が被るスティグマのリスクを低減するためにも、感染症対策は状況依存的に柔軟に個別化される必要があると思います。
本稿では、感染性疾患の保菌歴・陽性歴というデジタル・タトゥーに関わる問題点について取り上げました。感染症管理におけるデジタル・タトゥーは、患者安全を守る目的で導入された医療記録が、時間の経過とともに不利益へ転じ得ることを示す象徴的概念です。私は、単に感染性疾患の過去情報は有害でありどんどん削減すべきであると主張しているわけではなく、適切な感染管理はこれらの医療記録と患者状況に応じて都度適切に判断するという姿勢が重要であることを強調したいのです。「責任ある医療記録」の重要性は安全・安心な医療の根本であり、医療のデジタル化が進展する中で、私たちは“デジタル・タトゥー”の持つ潜在的な影響力をより慎重に見つめ直す必要があると感じています。
次項では、第二のデジタル・タトゥーとして抗菌薬のアレルギー歴を取り上げながら、その解決の糸口を考えていきたいと思います。
[1]Topol EJ. High-performance medicine: the convergence of human and artificial intelligence. Nat Med. 2019;25:44–56.
[2] Armitage KF, Porter CE, Ahmed S, Cook J, Boards J, Bongard E, et al. Penicillin allergy status and its effect on antibiotic prescribing, patient outcomes and antimicrobial resistance (ALABAMA): protocol for a multicentre, parallel-arm, open-label, randomised pragmatic trial. BMJ Open. 2023;13:e072253.
[3] Abad C, Fearday A, Safdar N. Adverse effects of isolation in hospitalised patients: A systematic review. J Hosp Infect. 2010;76:97–102.
[4] Tran K, Bell C, Stall N, Tomlinson G, McGeer A, Morris A, et al. The Effect of Hospital Isolation Precautions on Patient Outcomes and Cost of Care: A Multi-Site, Retrospective, Propensity Score-Matched Cohort Study. J Gen Intern Med. 2017;32:262–8.
[5] Anindhita M, Haniifah M, Putri AMN, Karnasih A, Agiananda F, Yani FF, et al. Community-based psychosocial support interventions to reduce stigma and improve mental health of people with infectious diseases: a scoping review. Infect Dis Poverty. 2024;13:90.
[6] Hamilton RA, Lond B, Wilde L, Williamson I. Understanding the lived-experience and support-needs of people living with antimicrobial resistance in the UK through interpretative phenomenological analysis. Sci Rep. 2024;14:3403.
[7] Fregonese L, Currie K, Elliott L. Hospital patient experiences of contact isolation for antimicrobial resistant organisms in relation to health care-associated infections: A systematic review and narrative synthesis of the evidence. Am J Infect Control. 2023;51:1263–71.