医療従事者向けお役立ち情報
コラム
2026.08.20
萩谷英大先生は、感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。ESBL産生菌に対する接触感染予防策は広く実施されていますが、最新の研究では院内伝播抑制効果が乏しいことが示されています。今回は、文献レビューを通じてその有効性や患者負担、医療コストを検証し、標準予防策の徹底が重要であると提言するとともに、国内外の現状や今後の課題についても検討します。
基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生腸内細菌目細菌、通称ESBL産生菌は、ペニシリン系・セフェム系抗菌薬に対して軒並み耐性を呈するグラム陰性菌で、世界で最も蔓延している薬剤耐性(AMR)の脅威の一つです。ESBL産生菌は、発見当初、院内感染症の代表的微生物として認識されていましたが、その疫学はこの20年間で劇的に変化し、市中での獲得が医療関連伝播を上回るようになっています[1-3]。歴史的に、ESBL産生菌の院内伝播リスクを低減するための重要な戦略として、接触感染予防策(原則、患者を個室隔離とし、入室の際には必ず手袋・エプロン/ガウンを装着すること)が強く推奨されてきました[4]。現在も、米国疾病予防管理センター(CDC)の隔離予防策ガイドラインでは、ESBL産生菌の保菌患者に対しては接触感染予防策を実施することが推奨されています[5]。しかし、入院患者においてESBL産生菌の新規獲得率は低水準であり[6-8]、ESBL産生菌の保菌者に対する接触感染予防策は安全に中止できることが近年報告されています[9]。接触感染予防策が患者の心理的状況に悪影響を及ぼす可能性についての懸念も提起されており[10]、ESBL産生菌の保菌者/感染者に対する接触感染予防策の必要性に関して様々な議論がされているところです[9,11,12]。
このように変化しつつある背景を踏まえ、ESBL産生菌に対する接触感染予防策の真の予防効果はどの程度見込まれるのか、疑問が生じてきました。そこで、過去の文献をレビューし、現時点における最新のエビデンスを模索してみましたので、その結果をここで共有します。そして後半では、ESBL産生菌に対してどのように考え、どのように扱っていくべきか、個人的見解も踏まえて議論してみたいと思います。
システマティック・スコーピングレビューという方法に則って、2010年1月から2025年12月27日までに発表された論文を特定するため、MEDLINEを用いて網羅的な文献検索を行いました。「Extended-Spectrum Beta-lactamase」および「Contact precaution」を検索ワードとして、ESBL産生菌の保菌または感染が認められる入院患者を対象に、接触感染予防策の有効性を評価した臨床研究を対象としました。
77件の研究がピックアップされましたが、スクリーニングの結果、最終的には10件の観察研究と2件のランダム化比較試験がレビュー対象となりました[13-24]。まずはじめに、代表的な観察研究の結果をお示しします。米国の1,000床規模の三次医療機関では、ESBL産生菌に対する接触感染予防策を中止しても、保菌者率・院内感染率は増加しませんでした[13]。一方で、ガウンの使用量が23%減少したことで大幅なコスト削減がもたらされたと報告しています。同様に、米国の三次医療機関(1,010床)での前後比較研究でも、接触感染予防策の中止後もESBL産生菌感染症の増加は認められず、安全性が裏付けられました[17]。これらの所見と一致して、フランスのICUで実施された観察研究でも、接触感染予防策の中止によってESBL産生菌は増加しないことが実証されています[19]。つい最近も、スイスの三次医療機関において実施された8年間にわたる分割時系列解析(interrupted time-series analysis)の結果、接触感染予防策を中止しても医療関連のESBL産生菌の有意な増加は認められないことが明らかになりました[24]。このように、複数の観察研究で、「接触感染予防策は、一般病棟および集中治療室(ICU)のいずれにおいてもESBL産生菌の伝播を減少させない」ことが示されてきました。
次に、二つのランダム化比較試験の結果を紹介します。ヨーロッパの4つの病院(20病棟、38,000人以上の患者)を対象とした大規模なクラスターランダム化クロスオーバー試験では、接触感染予防策と標準予防策との間でESBL産生菌の獲得率に有意差は認められませんでした(1,000患者日あたり6.0対6.1、p=0.97)[15]。多変量解析においても予防効果は確認されず(発生率比 0.99、95%信頼区間[CI] 0.80~1.22、p=0.92)、一般病棟において接触感染予防策を実施してもESBL産生菌の院内伝播は減少しないことが示されました。また、20の集中治療室(ICU)と20,000人以上の入院患者を対象としたクラスターランダム化試験の二次解析でも、手袋とガウンの普遍的使用(≒接触感染予防策)はESBL産生菌の獲得を有意に減少させないことが示されました(相対リスク 0.94、95% CI 0.71~1.24、p=0.67)[16]。観察研究で示された結果と同様に、ランダム化比較試験においても「接触感染予防策は一般病棟および集中治療室(ICU)のいずれにおいてもESBL産生菌の伝播を減少させない」ことが示されたことになります。
一般病棟・集中治療室(ICU)で実施された10件の観察研究と2件のランダム化比較試験の結果を総括すると、「ESBL産生菌の保菌者/感染者に対する日常的な接触感染予防策は標準予防策を上回る追加的なメリットをもたらさない」といえるのではないかと考えています。日本国内からのエビデンスはないため、国内の医療環境に外挿できるか否かは議論の余地がありますが、この結果は、次のようにいくつかの要因で説明可能だと考えています。
入院環境での院内伝播よりも市中感染が急増しており、入院後にESBL産生菌が検出される患者の一部(多く)は、入院時におそらくすでに保菌していると推測されています。
乾燥した表面上で数週間生存できる黄色ブドウ球菌や腸球菌などのグラム陽性菌とは異なり、ほとんどの腸内細菌は乾燥に不耐性であり、院内伝播を起こしにくいと考えられます。
ESBL産生菌は主に医療者の手指を介して院内伝播をしており、確固たる標準予防策(手指衛生)が維持されている場合、接触感染予防策はわずかな付加的メリットしかもたらさないと考えられます。
接触感染予防策には、手袋・ガウン・エプロンなどの個人防護具が必要となるため、病院経営にとってはマイナスです[25,26]。また、本来は他の患者で獲得できたはずの個室管理料を取れなくなることも経営にとっては痛手です。ただ、病院の経営以上に、接触感染予防策が患者に与える潜在的なデメリットを考慮する必要があると思います。それは、個室隔離を含めた接触感染予防策は、患者と医療提供者とのコミュニケーションの頻度・質を低下させるため、臨床評価の遅れ、看護・介護の減少、さらには患者満足度の低下につながる可能性があるということです[27-29]。隔離された患者自身は、不安、うつ状態、スティグマ(偏見の目で見られているという感情)などの心理的悪影響を感じることもわかっており、目に見えない負担を患者に敷いている可能性について私たち医療従事者は自覚的であるべきでしょう[10,29-31]。各医療機関で感染対策の責任者を務める皆様には、そうした点まで考慮した上で、院内ルールとしての接触感染予防策を策定していただきたいと考えております。
米国疾病予防管理センター(CDC)が発行するガイドラインでは、ESBL産生菌に対する接触感染予防策が推奨されています[5]。しかし、今回お示ししたレビューを読んでいただくとわかるように、ESBL産生菌に対する日常的な接触感染予防策は、多くの臨床現場において必要ないという結果ばかりです。特に、ヨーロッパの複数の医療機関ではESBL産生菌に対する日常的な接触感染予防策を中止しても院内感染の増加は観察されなかったとしており、リアルワールドエビデンスとしての安全性を物語っていると感じます[14,15,19,20,24]。
多くの日本の医療現場では、いまだにESBL産生菌の保菌者・感染者に対しては接触感染予防策を無目的的に実施しているところが多いと思います。「以前からそうだったから・・・」、「保健所の指導があるから・・・」、「機能評価で指摘されるのが怖いから・・・」、「隣の病院がそうしているから・・・」など、理由は様々だと思いますが、これまでの議論を踏まえて今一度、ESBL産生菌をどのように扱うべきか皆さんの病院で議論していただきたいと思います。私の知る限り、国内の感染症関連のガイドラインでESBL産生菌に対する接触感染予防策不要論を明記しているものはまだないと思いますが、感染対策のエビデンスは流動的ですので、今回ご紹介したような情報を基に、ご検討いただければと思っています。
今回の主張(ESBL産生菌の保菌者/感染者に対する日常的な接触感染予防策は不要である)の根拠となったデータを解釈するうえで特に重要と思われる2点を紹介しておきます。
①組み入れられた多くの研究は手指衛生の遵守率が比較的高い環境で実施された可能性が高く[13,15,18,19,24,32]、手指衛生の遵守率が低い環境において同様の結果が導き出せるかは議論の余地があると思います。研究セッティングではうまくいっても、リアルワールドでは期待された効果が出なかったということはよくある話ですので、皆さん自身の医療現場に今回のエビデンスや主張が外挿可能か慎重に判断をしていただきたいと思います。
②今回のレビューには、小児病棟や高齢者集団(慢性期病院や高齢者施設)にフォーカスしたものはありませんでした。したがって、こうした病棟においてもESBL産生菌の保菌者/感染者に対する接触感染予防策を中止してよいのか否かはまだわからない部分だと思います。
システマティック・スコーピングレビューという方法で解析対象となった12の研究から導き出される答えは、「ESBL産生菌の保菌者/感染者に対する日常的な接触感染予防策は不要である(院内伝播を減少させることに貢献しない)」となります。接触感染予防策に伴う負担(病院が支払うPPE関連のコスト、患者の心理的負担など)の大きさや感染対策上のメリットの欠如を考慮すると、ESBL産生菌に対する日常的な接触感染予防策の実施は不要であり、ユニバーサルな感染対策としてメリットを発揮する標準予防策(手指衛生)の遵守率向上に注力するべきだと考えています。
最後に、「岡山大学病院ではどうしているんですか?」という声が聞こえてきましたのでお答えしておきます。当院でESBL産生菌の保菌者/感染者に対する接触感染予防策をやめようといっているのは私だけです。したがって、ESBL産生菌は病院検査部がしっかりとスクリーニング検査をしてデータ共有をしてくれていますし、感染制御部は保菌者/感染者に対して接触感染予防策を実施することを指導しています。いくら文献的なエビデンスが揃ってきたとはいえ、国内ガイドラインも整備されていない状況ではなかなか周囲の賛同が得られにくいのが事実です。エビデンスに基づいた院内感染症対策の推進という意味で、学会単位での見直しが必要な時期に差し掛かっているのかもしれません。現場レベルでは、ESBL産生菌に対する接触感染予防策は不要であるということを臨床研究の形でさらに示していくことが必要なのではないかと考えています。
(本解析結果は、現在英語論文として雑誌投稿中です)
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