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コラム

2024.9.9

感染症内科ドクターの視点シリーズ③
WHO 手指衛生フレームワークのススメ

岡山大学病院 感染症内科 准教授

萩谷英大(はぎやひではる)先生

茨城県つくば市生まれ。岡山大学医学部卒業後、救急・集中治療領域での研鑽を経て、大阪大学医学部附属病院の感染制御部で感染制御・感染症診療を修得。総合内科専門医、日本感染症学会専門医/指導医、Certificate in Travel Health (CTH)、Certificate in Infection Control (CIC)など感染症関連の認定を取得。薬剤耐性菌が大好き(?)で、ヤバイ耐性菌が検出されたと聞くと逆にワクワクしてしまう性格を何とかしなければならないと感じている。

萩谷英大先生は感染症の診断と治療、薬剤耐性、感染症の予防と対策、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は「WHO 手指衛生フレームワーク」をテーマに、病院感染対策の中でも最も重要な「手指衛生」について詳しく解説していただきます。

今回は病院感染対策の中でも最も重要な「手指衛生」について取り上げたいと思います。そもそも感染対策は何故しなければならないのでしょうか?まずはこの根本的な質問を少し掘り下げてみたいと思います。

感染対策=安心・安全な医療の基本

皆さん自身が患者の立場であった場合、次のうちどちらの病院に入院したいと思うでしょうか?

病院規模・背景(図1)

(病院A)病床規模は1000症を超え高度医療を提供する大病院。移植医療を含め年間1万件の手術を実施しており、日本全国から患者さんが紹介されている。
(病院B)300症規模の地域の基幹病院。標榜していない診療科もあるが総合的な診療が可能で、主に地域の診療所・医療機関から高齢患者さんが紹介されてくる。

病院Aは規模が大きく先端医療を提供しており、安心・安全な医療を受けることが可能なように見えます。一方で病院Bは一部の診療科を標榜していないなど不十分な印象を受けます。ところが内情を探ってみると次のような状況が分かりました。

図1:病院規模・背景

病院の内情(図1)

(病院A)薬剤耐性菌の検出率が高く治療困難例が多発している。手術部位感染症などの院内感染症の発症率が多く、平均在院日数も長い。
(病院B)薬剤耐性菌は少なく、院内感染症の発症率が低いため、術後は予定通りスムーズに退院するケースが多い。

いかがでしょうか?病気の内容にもよると思いますが、おそらく多くの方は病院Bにお世話になりたいと思われるのではないでしょうか。非常に当たり前ですが、「感染対策は安心・安全な医療を提供するための基本中の基本」であり、これこそが病院をあげて感染対策を推進する原動力だと思います。

感染対策の主役は手指衛生

図2:病院規模・背景

感染対策の目的は、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)・CRE(カルバペネム耐性腸内細菌目細菌)・CD(クロストリディオイデス・ディフィシル)などの薬剤耐性菌や微生物の院内伝播を制御することですが、手指衛生が感染対策の主役であることは紛れもない事実でしょう。日常的な診療や介護・ケアを通して、患者や病院環境から自身の手が微生物で汚染することは避けられません。もし適切な手指衛生ができていなかった場合、患者→患者、環境→患者といった具合に様々な微生物が伝播してしまいます。手指衛生は、「病原菌の伝播の連鎖を断ち切る」ための最強のツールであり(図2)、医療スタッフの手指衛生コンプライアンスを高く維持することで、院内感染症(手術部位感染症・中心静脈カテーテル関連血流感染症・尿道留置カテーテル尿路感染症・人工呼吸器関連肺炎・CD感染症)の発症率を低減させることが可能となります。その結果、余計な感染症の少ない医療環境を提供することができ、安心・安全な医療につながることが期待されます(図3)。

図3:安心・安全な医療

手指衛生コンプライアンス向上のための世界的な取り組み

WHO(世界保健機関)は、2009年に発行した手指衛生ガイドラインの中で「手指衛生多角的戦略」を提唱しました[1]。この中で、医療機関における手指衛生コンプライアンスを改善していく、すなわち医療従事者の行動変容を促していくためには、以下に挙げる5つのエレメント(要素)が重要であることが指摘されています。

5つのエレメント(要素)

  1. ①物品設備:インフラ整備や必要物品の十分な供給と適切な配置
  2. ②研修教育:手指衛生の実践のための教育、指導・サーベイランスを遂行できる人材の養成
  3. ③測定評価:手指衛生の遵守状況の評価(直接観察・関節観察)及び結果のフィードバック
  4. ④現場指示:ポスターなどの現場に掲示するリマインダー、手指衛生を想起させる仕掛け
  5. ⑤組織文化:リーダーシップ、キャンペーン、モチベーションアップなど手指衛生を継続的に実践するための文化醸成

これらの組織的環境を整えることに加え、医療現場で手指衛生を実施するべき医療場面として“5 Moments”(5モーメンツ)という考え方を打ち出しました(図4)[1]。これによって手指衛生を実施するべき、患者との直接(間接)接触を伴う5つの医療行為(看護・介護含む)が具体的に提示され、この5つのモーメンツでは国・地域・職種・タイミングを問わず必ず手指衛生を実施することが強く勧奨されました。

図4:5つのタイミング=“5 Moments”(5モーメンツ)

5つのタイミング=“5 Moments”(5モーメンツ)

  1. ①患者に接触する前
  2. ②清潔/無菌操作の前
  3. ③体液曝露の後
  4. ④患者に接触した後
  5. ⑤患者環境に接触した後

さらに、実際に各医療現場に落とし込んでいくためのPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルとして、以下に挙げる5つのステップの重要性も同時に強調されています。これらの項目について、計画・実践・評価を5年間続けることで施設全体の手指衛生コンプライアンスが向上することがその後の研究でも複数報告されています[2-4]

5つのステップ

  1. ①施設の準備:行動への準備
  2. ②ベースライン評価:現状の把握
  3. ③実施:改善活動の導入
  4. ④フォローアップ評価:実施内容の評価
  5. ⑤継続的な計画と見直し

これらの内容は2009年に発行された手指衛生改善戦略の導入の手引きにわかりやすくまとまっているためそちらもご参照ください[5]

手指衛生の現状

このように医療現場における手指衛生向上のためのアプローチは、およそ15年前から確立してきました。しかし、2011年に日本国内で実施された多施設研究では、医療従事者の手指衛生コンプライアンスは全体で19%、つまり5回に1回の場面でしか手指衛生ができていないということが報告されており、手指衛生を日常業務に定着させることの難しさが浮き彫りになりました[6]。その後、感染対策向上加算の改良などを通じて、各病院において感染対策関連スタッフが充実し、手指衛生促進運動の取り組みがされていますが、手指衛生コンプライアンスが充分な病院ばかりとは言えない状況が続いています。

何故、医療従事者の手指衛生コンプライアンスが向上しないのでしょうか?様々な要因があると思いますが、筆者は一つの可能性として、手指衛生に対する自己認識と現実に大きなギャップがあるのではないかと考えています。すなわち、自分は手指衛生ができていると思いこんでいるが、実際には十分にできていないという医療従事者が多いのではないかということです。この実態を把握するために、2023年5月に岡山大学病院の職員を対象に自己評価アンケートを実施しました。さらに同時期を含む2023年4月~2024年1月の期間に手指衛生の直接観察法を実施しました。

図5:手指衛生における自己認識と現実のギャップ

図5は、自己評価と直接観察で見られる認識のギャップを5モーメンツごとに提示したものです。いかがでしょうか?実際の手指衛生コンプライアンスに比べて自己評価がいかに高いかが一目瞭然かと思います。適切な手指衛生ができていると自己評価(≒勘違い)している人に、どれだけ手指衛生を促しても暖簾に腕押しです。まずは医療従事者にはこういった認識のギャップがあることを、ICT側が理解しておくことも重要だと思います[7]

手指衛生自己評価フレームワーク(HHSAF : Hand Hygiene Self-Assessment Framework)

最後に、本稿を通して皆さんに最も知っていただきたい手指衛生自己評価フレームワークについて概要を紹介します[8]。手指衛生自己評価フレームワークは、各施設における手指衛生コンプライアンス改善のためのプロセスを「自己評価」するためのツールで、2010年にWHOから発行されました。以下の5ポイントについて各100点満点で評価し、合計得点から4段階の総合判定(Hand Hygiene Level)を受けることが可能です。

手指衛生自己評価フレームワークにおける5つのポイント

  1. ①システム変更 (System Change)
  2. ②研修および教育 (Education and Training)
  3. ③評価およびフィードバック (Evaluation and Feedback)
  4. ④職場での注意喚起 (Reminders in the Workplace)
  5. ⑤手指衛生のための施設の安全文化 (Institutional Safety Climate)
合計得点 総合判定(Hand Hygiene Level)
0-125 Inadequate
126-250 Basic
251-375 Intermediate (or Consolidation)
376-500 Advanced (or Embedding)

手指衛生自己評価フレームワークは一度きりの評価ではなく、継続的に毎年スコアをつけていき、同施設における手指衛生改善の取り組みの継続的な自己評価を行い、次の計画立案につなげることが重要です。加算連携グループの医療機関における相互チェックで用いるなどの応用は考慮されますが、評価者によって記述内容の解釈・評価が多少異なることもあるため、施設間比較に応用する際には配慮が必要です。評価にあたってはサラヤ株式会社が日本語記載・自動計算可能なホームページを公開しているため、そちらをご参照ください。

図6:岡山大学病院の算出結果

なお、筆者が所属する岡山大学病院は2024年1月時点でHand Hygiene Level 207.5点と算出されました(図6)(筆者算出)。初回評価としてはまずまずかもしれませんが、多くの重症患者・免疫状態の低下した患者さんが入院している特定機能病院としては手指衛生コンプライアンスが十分であるとは到底言えないと考えています。現在、この自己評価を基に院内ICTスタッフが協力して手指衛生のさらなる改善に取り組んでいます。

最後に、手指衛生自己評価フレームワークの有効性に関して興味深い研究論文を一つご紹介します[9]。2019年1月から12月にかけて、世界中の感染対策に携わる医療者に対して、手指衛生自己評価フレームワークに基づいた各施設の自己評価の提出が呼びかけられました。
90か国から3206件の回答が得られ、Hand Hygiene Levelの中央値は350点(四分位範囲:248–430)とIntermediate levelにあることがわかりました。Hand Hygiene Levelは国の所得水準(世界銀行による分類)や医療施設の資金構造が良いほど高いという相関関係も認められており、手指衛生を推進するためには金銭的・組織的なアドバンテージも重要であることが分かります。5つのポイントのうちシステム変更 (System Change)が最も高得点(中央値 85点、 四分位範囲:55–100)で速乾性アルコールによる手指衛生の実践が医療現場に浸透していることがうかがえます。一方で、手指衛生のための施設の安全文化 (Institutional Safety Climate)のポイントは55点(四分位範囲:35–75)と最も低く、対策・改善が難しい内容であることが示唆されます。
さらに2015年時点のHand Hygiene Levelデータを有する190施設のデータをまとめたものが次表になります。地域別では、この5年間でアフリカの医療施設で最もHand Hygiene Levelの上昇がみられましたが、全体を通じて有意に改善した地域はありませんでした。一方で、所得水準が高い国に限定するとHand Hygiene Levelが有意に上昇したという興味深い結果がみられました。

手指衛生自己評価フレームワークのHand Hygiene Level
施設数 2015年 2019年 2019年と2015年の差 p値
全体 190 435 (371 to 470) 430 (385 to 460) 1.2 (-25 to 35) 0.17
地域別
アフリカ 9 215 (190 to 353) 355 (317.5 to 440) 100 (-10 to 138) 0.074
アメリカ 13 372.5 (250 to 420) 385 (302.5 to 440) 15 (-5 to 45) 0.16
中東 10 397.5 (368 to 423) 417.5 (396.2 to 460) 36.2 (-9 to 87) 0.092
ヨーロッパ 36 355 (317 to 413) 386.2 (340.6 to 406.9) 19 (-21 to 63) 0.12
東南アジア 6 432.5 (276 to 490) 435 (320 to 486) 13 (1 to 44) 0.22
太平洋地域 116 455 (425 to 475) 445 (417 to 470) -5 (-30 to 25) 0.17
世界銀行の所得水準別
低収入 1 215 318 103 NA
低~中収入 12 276 (209 to 395) 375 (319 to 398) 30 (-12 to 98) 0.13
中~高収入 118 460(425 to 479) 448 (418 to 470) -5 (-28 to 25) 0.41
高収入 59 380 (333 to 430) 395 (351 to 430) 18 (20 to 61) 0.026

データは中央値(四分位範囲)で記載

これらの結果から言えることして、世界中の多くの医療施設で手指衛生コンプライアンスは中程度以上になっているものの、さらなる改善のためには、十分な感染対策経費の充当、リーダーシップ、組織的なサポートの質向上が重要であると結論付けられています。

よく見ると、2024年はじめの当院のHand Hygiene Levelは207.5点でしたので、2015年のアフリカの医療施設レベルと同等だということが分かります。そもそも施設間比較を前提とした評価項目ではないのですが、これはさすがに凹みました…。現在、このネガティブ・データをバネにして、全職員の手指衛生コンプライアンス向上に向けた取り組みをしています。

是非、皆さんも手指衛生自己評価フレームワークを用いて自施設の手指衛生の実態を自己評価し、さらなる改善への一助にしてください。

【文献】

[1]World Health Organization. WHO guidelines on hand hygiene in health care, Geneva: WHO; 2009
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/44102/9789241597906_eng.pdf (accessed 14/August/2024).

[2]Suzuki Y, Morino M, Morita I, Yamamoto S. The effect of a 5-year hand hygiene initiative based on the WHO multimodal hand hygiene improvement strategy: an interrupted time-series study. Antimicrob Resist Infect Control 2020;9:75.

[3]Tartari E, Garlasco J, Mezerville MH, Ling ML, Márquez-Villarreal H, Seto W-H, et al. Ten years of hand hygiene excellence: a summary of outcomes, and a comparison of indicators, from award-winning hospitals worldwide. Antimicrob Resist Infect Control 2024;13:45.

[4]Gould DJ, Moralejo D, Drey N, Chudleigh JH, Taljaard M. Interventions to improve hand hygiene compliance in patient care. Cochrane Database Syst Rev 2017;9:CD005186.

[5]World Health Organization. Guide to implementation: a guide to the implementation of the WHO multimodal hand hygiene improvement strategy. Geneva: WHO; 2009
https://www.who.int/publications/i/item/a-guide-to-the-implementation-of-the-who-multimodal-hand-hygiene-improvement-strategy (accessed 14/August/2024).

[6]Sakihama T, Honda H, Saint S, Fowler KE, Shimizu T, Kamiya T, et al. Hand hygiene adherence among health care workers at Japanese hospitals: A multicenter observational study in Japan. J Patient Saf 2016;12:11–7.

[7]Hagiya H, Fujita Y, Kiguchi T, Higashionna T. Another factor with an adverse effect on hand hygiene compliance. J Hosp Infect 2024;149:201–2.

[8]World Health Organization. Hand hygiene self-assessment framework 2010: introduction and user instructions. Geneva: WHO; 2010
https://cdn.who.int/media/docs/default-source/integrated-health-services-(ihs)/hand-hygiene/monitoring/hhsa-framework-october-2010.pdf?sfvrsn=41ba0450_6 (accessed 15/August/2024).

[9]de Kraker MEA, Tartari E, Tomczyk S, Twyman A, Francioli LC, Cassini A, et al. Implementation of hand hygiene in health-care facilities: results from the WHO Hand Hygiene Self-Assessment Framework global survey 2019. Lancet Infect Dis 2022;22:835–44.

  

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