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コラム

2024.10.1

感染症内科ドクターの視点シリーズ④
梅毒は医療行為を通して感染するのか?

岡山大学病院 感染症内科 准教授

萩谷英大(はぎやひではる)先生

茨城県つくば市生まれ。岡山大学医学部卒業後、救急・集中治療領域での研鑽を経て、大阪大学医学部附属病院の感染制御部で感染制御・感染症診療を修得。総合内科専門医、日本感染症学会専門医/指導医、Certificate in Travel Health (CTH)、Certificate in Infection Control (CIC)など感染症関連の認定を取得。薬剤耐性菌が大好き(?)で、ヤバイ耐性菌が検出されたと聞くと逆にワクワクしてしまう性格を何とかしなければならないと感じている。

萩谷英大先生は感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は「梅毒」をテーマに、体液曝露事例において梅毒はフォローアップ対象とするべきかについて詳しく解説していただきます。

医療従事者は医療行為を通して血液媒介病原体に感染するリスクが高く、適切な感染予防策を実践する必要があります[1,2]。単純ヘルペス、サイトメガロウイルス、パルボウイルスB19を含め、20種類以上の微生物が血液媒介感染を引き起こす可能性があるとされていますが [3]、特に注目すべきものとして、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)があり、これらの病原体に対しては個々に推奨される曝露前後の対策がガイドライン等で示されています。

様々なニュースで取り上げられているように、昨今、梅毒が過去最高のペースで増加しています。図1は国立感染症研究所が公表しているデータを基にしたものですが、2010年代以降増加の一途を辿り、2022年には1万例を超えました。男性は20代から50代、女性は20代に集中して多いことが分かっています。男性は同性間性交渉による感染が多いとされてきましたが、今や異性間性交渉の感染増加が顕著になり、疫学が変わりつつあります。妊娠可能女性が感染することで先天梅毒のケースも増えており、2023年には年間30例を上回る増加がみられています。この状況において、病院の感染対策として梅毒はどの程度考慮する必要があるのでしょうか?

梅毒はTreponema pallidumによって引き起こされるスピロヘータ感染症であり、亜急性または慢性の経過で全身感染を引き起こす可能性があります。主に性行為による体液曝露でヒト・ヒト感染します。医療行為で発生しうる体液曝露で感染が成立するというエビデンスが乏しいことから、国外ガイドラインでは体液曝露対策としての梅毒血清検査は推奨されていません[2,4]。しかし、日本の医療機関における体液曝露イベント後の検査プロトコルには梅毒血清検査がしばしば含まれています。

過去の文献を紐解くと、医療現場での体液曝露後に梅毒が感染した可能性が報告されています。中国の横断研究によると、99件の体液曝露事例のうち、3人の医療従事者が活動性の梅毒患者の血液に曝露されました(RPP≥4およびTPHA≥80)[5]。このうち2人はペニシリン点滴を受け梅毒感染しなかったようですが、予防的抗菌薬を受けなかった1人は活動性梅毒を発症したと記載されています。ただ、梅毒血清検査がいつどのように行われたかについての詳細なデータが記載されていませんでしたので、本当に医療現場の体液曝露で梅毒感染が成立したかは判然としません。医療従事者は性的にもアクティブな若年世代が多く、プライベートでの性交渉によって梅毒に感染したことも十分に考えられます。

体液曝露後の対応について、国内の推奨はどうなっているのでしょうか。日本感染症学会のホームページを見ると、「活動性梅毒患者の血液や体液を曝露した場合、決して高くないものの、感染リスクはゼロではない。しかし、曝露事故を想定した定まったマニュアルはないため、なるべく早く感染症科に相談する」と記載されています(https://www.kansensho.or.jp/ref/d52.html)。日本環境感染学会のホームページ上では、体液曝露に関連する項目において梅毒は取り扱われていません(http://www.kankyokansen.org/modules/education/index.php?content_id=5)。国公立大学附属病院感染対策協議会の病院感染対策ガイドライン(2018年版)では、過去の文献紹介も踏まえながら感染直後や二期梅毒では感染の可能性があり得ることを記載している一方で、明確な対象方法の記載はみられません。

筆者も体液曝露対策として梅毒検査を推奨するエビデンスは乏しいと考えています。しかし、いまだに多くの病院で入院前・手術前検査などでルーチンに梅毒血清検査を実施している風習が残っているのは何故でしょうか?その現状を把握するために、周囲の医療機関にアンケートをとってみました。

2023年11月、Googleフォームを用いた任意のアンケート調査として、岡山県内の医療機関に勤務する医療従事者を対象に質問をしてみました。調査では、RPR(※1)およびTPHA(※2)の検査方針や曝露後の予防プロトコルに関して、以下の4つの質問をしました。

【アンケートでの質問内容】
(i)体液曝露対策として、「手術前」のスクリーニング検査に梅毒(RPR・TPHA)が含まれていますか?
(ii)体液曝露対策として、「術前以外」のスクリーニング検査に梅毒(RPR・TPHA)が含まれていますか?
(iii)梅毒検査をしている場合、どのぐらい前のスクリーニング検査結果を有効としていますか?(例:体液曝露イベントから3か月以内)
(iv)梅毒の血液・体液曝露があった際の「暴露後予防プロトコル」を策定していますか?(例:アモキシシリンを2週間内服する、など)

※1 RPR(Rapid Plasma Reagin test):梅毒感染によって産生された脂質に対する抗体を測定する方法。梅毒感染の活動性指標ですが、生物学的偽陽性を呈することもあるため、陽性時の判定は、数値・性交渉歴などを考慮して総合的に判断する必要があります。

※2 TPHA(Treponema pallidum Hem-Agglutination test):抗梅毒抗体による赤血球凝集反応。梅毒感染すると一生涯陽性となるため、過去の罹患歴の有無を判断するために用います。

23の病院から回答が得られました。日常的な手術前スクリーニングでは、9病院(39%)がRPRおよびTPHAの両方を実施しており、7病院(31%)がTPHAのみを実施していました(図2)。術前以外の場面でも、5病院(22%)がRPRおよびTPHAの両方を実施し、6病院(26%)がTPHAのみを実施していました(図3)。過去の梅毒検査の有効期限に関しては、3か月や6か月など具体的に設定しているという回答も見られましたが、一定の見解は得られませんでした。梅毒曝露後の予防的抗菌薬プロトコルは1病院(4.3%)のみが定めているという回答でした。

図2. 血液・体液曝露対策として、 「手術前」のスクリーニング検査に梅毒(RPR・TPHA)が含まれていますか?

図2:血液・体液曝露対策として、 「手術前」のスクリーニング検査に梅毒(RPR・TPHA)が含まれていますか?

図3. 血液・体液曝露対策として、 「術前以外」のスクリーニング検査に梅毒(RPR・TPHA)が含まれていますか?

図3:血液・体液曝露対策として、 「術前以外」のスクリーニング検査に梅毒(RPR・TPHA)が含まれていますか?

この簡易調査から、岡山県内の約3/4の病院が手術前に梅毒血清検査をルーチンで実施していることが分かりました。また、半数の病院が手術を伴わない入院でも梅毒のチェックしていることもわかりました。医療従事者が体液曝露イベントを通じて梅毒に感染するという確固としたデータがない中で、これは過剰な対策ではないかと筆者は感じます。

病態に関係なく、ルーチン検査として実施した梅毒血清検査が陽性になった場合、それが既往感染または生物学的偽陽性を示唆する可能性が高い場合でも、患者の過去の性的活動についても問診する必要が生じることがあります。これは医学的利益を伴わず、患者に無用な心理的ストレスを与えるだけではないでしょうか?たとえば、胃癌切除のために外科病棟に入院している高齢女性が、突然、過去の性交渉歴について問われるという場面は果たして妥当でしょうか?たとえ必要な医療問診だとしても、それによって生じうる羞恥心や屈辱感には配慮しないといけません。職種を問わず、とかく医療者はパターナリズムに陥いる傾向があり、患者心理に配慮した言動が欠けてしまうことがあります。感染対策という名の病院都合で実施されたルーチンの梅毒検査にはこういうリスクもはらんでいるということを認識する必要があると思います。

総合的に考えて、医療現場での体液曝露による感染成立のエビデンスがはっきりせず、推奨される予防プロトコルも存在しない梅毒については、体液曝露後のスクリーニング検査から外すことを筆者は主張したいと思います。

【文献】

[1]Adal O, Abebe A, Feleke Y. Occupational Exposure to Blood and Body Fluids Among Nurses in the Emergency Department and Intensive Care Units of Public Hospitals in Addis Ababa City: Cross-sectional Study. Environ Health Insights 2023;17:11786302231157224.

[2]Mengistu DA, Dirirsa G, Mati E, Ayele DM, Bayu K, Deriba W, et al. Global Occupational Exposure to Blood and Body Fluids among Healthcare Workers: Systematic Review and Meta-Analysis. Can J Infect Dis Med Microbiol 2022;2022:5732046.

[3]Bolyard EA, Tablan OC, Williams WW, Pearson ML, Shapiro CN, Deitchmann SD. Guideline for infection control in healthcare personnel, 1998. Hospital Infection Control Practices Advisory Committee. Infect Control Hosp Epidemiol 1998;19:407–63.

[4]Centers for Disease Control and Prevention (United States). The National Healthcare Safety Network (NHSN) Manual. HEALTHCARE PERSONNEL SAFETY COMPONENT PROTOCOL: Healthcare Personnel Exposure Module 1/January/2013.
https://www.cdc.gov/nhsn/pdfs/hps-manual/exposure/hps_manual.pdf

  

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