医療従事者向けお役立ち情報

コラム

2026.02.24

【感染症内科ドクターの視点シリーズ⑱】
感染症管理におけるデジタル・タトゥー(後編)
~抗菌薬アレルギー歴~

岡山大学病院 感染症内科 准教授

萩谷英大(はぎやひではる)先生

茨城県つくば市生まれ。岡山大学医学部卒業後、救急・集中治療領域での研鑽を経て、大阪大学医学部附属病院の感染制御部で感染制御・感染症診療を修得。総合内科専門医、日本感染症学会専門医/指導医、Certificate in Travel Health (CTH)、Certificate in Infection Control (CIC)など感染症関連の認定を取得。薬剤耐性菌が大好き(?)で、ヤバイ耐性菌が検出されたと聞くと逆にワクワクしてしまう性格を何とかしなければならないと感じている。

萩谷英大先生は感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は「感染症管理におけるデジタル・タトゥー」をテーマに2部構成の後半として、抗菌薬アレルギー歴が電子カルテに長期間残ることによる患者への影響や医療倫理上の課題について解説していただきます。

はじめに

前回、感染症管理におけるデジタル・タトゥー(Digital Tattoos)として、感染性疾患の保菌歴・陽性歴にかかわる内容を取り上げました。本稿ではもう一つのデジタル・タトゥーとして「抗菌薬アレルギー歴」を紹介していきたいと思います。

第二のデジタル・タトゥー:抗菌薬アレルギー歴(表1)

電子カルテに保存される多くの情報の中でも、抗菌薬アレルギー歴は、最も永続的に記録が残り、かつ臨床的影響も大きい「デジタル・タトゥー」だと思います。過去の薬剤アレルギー反応に関する“デジタル・タグ”は、十分な確認検査がなされないまま登録されることも少なくありません。臨床的妥当性や重症度が低いにもかかわらず、数十年にわたり電子カルテ内に記録されているという状況が皆さんの病院にもあるはずです [1]。いったんアレルギーリストに入力されてしまうと、その情報は潜在的に医師の処方選択に影響を与え、無言の圧力で第一選択薬の処方を強力に制限します。仮に登録されたアレルギー情報を無視して患者に当該薬もしくは類似薬を投薬して重大なアレルギー反応が出現した場合、その責任を負うべきは処方オーダーをした医師になります。倫理的な問題に加えて、実質的な不利益を患者に与えることは可能な限り回避したいというのが普通の感覚ですので、通常は危ない橋を渡ってアレルギーの可能性がある薬剤が選択されることはありません。

表1. 感染症管理におけるデジタル・タトゥー
抗菌薬アレルギー歴
典型例 βラクタムアレルギー(ペニシリンアレルギー)
記録の目的 薬剤アレルギーの再発防止
臨床に与える影響 第一選択薬が使用されないことによる治療予後への悪影響
患者負担(倫理的問題) 医療費・副作用増加の可能性
背景要因 アレルギー記録が見直されることなく、永続的に電子カルテ記録として残る
対応 定期的にアレルギー歴を再評価し、デ・ラベリングする病院システムを構築する

問題は、こういったケース(抗菌薬アレルギー歴が記録されている患者)が少なくないという現状にあります。β-ラクタムアレルギーとラベル付けされた場合、β-ラクタム系薬剤が本来最適選択である臨床場面でも、フルオロキノロン(レボフロキサシンなど)、グリコペプチド(バンコマイシンなど)、カルバペネム(メロペネムなど)といった第二選択薬や広域抗菌薬が処方される可能性が高くなります[2]。このような処方傾向は、医療費の増大に加え、有害事象、Clostridioides difficile感染症、さらに薬剤耐性菌の出現のリスクを増大させることに繋がります[3]。とくに薬剤耐性菌問題は深刻で、世界的に抗菌薬適正使用を推進していくことの重要性が指摘されていますが、こういった抗菌薬のアレルギーラベルは狭域薬剤の使用を妨げる阻害要因となってしまいます。


ここで関連文献を少し紐解いていきましょう。βラクタムアレルギーの中でも特にペニシリンアレルギーはアナフィラキシーショックを呈する可能性があり、慎重に判断するべきとされています。過去の報告では、小児期に発症・登録されたペニシリンアレルギーの多くは、生涯持続するものとは限らないことを明確に示しています[4]。真のIgE依存性ペニシリンアレルギーは時間の経過とともに減弱することが知られており、縦断研究によれば、約50%は5年以内に、約80%は10年以内に感作が消失すると報告されています[3]。これが意味することは、小児期にβ-ラクタムアレルギーと診断された成人の多くは、免疫学的にはすでにアレルギー状態から解放されていると考えることができるということです。別の研究でも、β-ラクタムアレルギーとラベリングされた小児の大多数は、非特異的発疹や曖昧な既往症状を根拠に記録されているにすぎず、実際には低リスクであり、β-ラクタム系薬剤は皮膚テストや内服負荷試験に基づいて問題なく使用できるということが複数の研究を通して一貫して示されています[5-7]

こういったエビデンスの蓄積にもかかわらず、過去の薬剤アレルギー情報は、多くの医療機関で見直されることなく、“電子カルテ内の「デジタル・タトゥー」”として残存し続けています。このような医療記録の惰性に端を発する問題は他にもいくつもあることでしょう。過去の医療データは固定化された事実ではなく、常に定期的な検証と評価を必要とする“動的な臨床仮説”として捉えられるべきだと思います。

抗菌薬アレルギーというデジタル・タトゥーを解決する方法としては、“デ・ラベリング”するための院内プロセスを確立することだと思います。デ・ラベリングとは、一度ラベル化された情報を無効化するという意味で、一度付与された抗菌薬アレルギー情報を削除(ないしは非表示化)することに他なりません。デ・ラベリング作業を現場の医療従事者の努力目標にするとうまくいかないことは明白で、病院(例えば薬剤部)の業務として、体系的プロセス(薬剤アレルギー情報の電子カルテ内調査→負荷試験などによる再評価→デ・ラベリング)を考案・実践することが成功のカギだと思います。もしくは、抗菌薬適正使用支援活動(AST)の一環として、院内情報の見直しをすることも一考されます。さもなくば、薬剤アレルギー情報は臨床的妥当性を失ってもなおデジタル・タトゥーとして一人歩きを続けていくことになるでしょう。

総括

今回、2回に分けて取り上げた医療分野におけるデジタル・タトゥーは、本来予防的措置として電子カルテに導入された医療情報であるにもかかわらず、再評価・再検討されないまま電子記録として残存し続けることで、適切な患者管理の妨害、スティグマの助長・強化、最適治療へのアクセス制限など、患者に多面的な不利益をもたらし得るものとして認識するべきです。電子記録によってもたらされた医療効率化と裏腹に我々が新たに直面しているこの問題を解決するためには、安直に医療記録を減らすことではなく、保健医療分野におけるデジタル情報の以下の5つの特性を理解することが重要です[8]。我々医療従事者はこれらのポイントを認識し、デジタル医療情報の責任ある記録・運用を行う必要があります。

保健医療分野におけるデジタル情報の特性

不可視性(invisibility)

人々は、自身のデジタル医療情報がどのように追跡・収集されているのかをほとんど認識していない。

不正確性(inaccuracy)

デジタル医療情報に含まれるデータは、必ずしも正確とは限らない。

永続性(immortality)

デジタル医療情報には有効期限がなく、長期間にわたって蓄積・統合され続ける。

市場価値(marketability)

デジタル医療情報は極めて高い商業価値を持ち、売買の対象となることが多い。

再同定可能性(identifiability)

個人は容易に再同定され得るため、完全な匿名性を維持することはほぼ不可能である。

まとめ

本稿では、感染性疾患の保菌歴・陽性歴というデジタル・タトゥーに関わる問題点について取り上げました。感染症管理におけるデジタル・タトゥーは、患者安全を守る目的で導入された医療記録が、時間の経過とともに不利益へ転じ得ることを示す象徴的概念です。私は、単に感染性疾患の過去情報は有害でありどんどん削減すべきであると主張しているわけではなく、適切な感染管理はこれらの医療記録と患者状況に応じて都度適切に判断するという姿勢が重要であることを強調したいのです。「責任ある医療記録」の重要性は安全・安心な医療の根本であり、医療のデジタル化が進展する中で、私たちは“デジタル・タトゥー”の持つ潜在的な影響力をより慎重に見つめ直す必要があると感じています。



【文献】

[1]TStone CA Jr, Trubiano J, Coleman DT, Rukasin CRF, Phillips EJ. The challenge of de-labeling penicillin allergy. Allergy. 2020;75:273–88.

[2] Macy E, Contreras R. Health care use and serious infection prevalence associated with penicillin “allergy” in hospitalized patients: A cohort study. J Allergy Clin Immunol. 2014;133:790–6.

[3] Shenoy ES, Macy E, Rowe T, Blumenthal KG. Evaluation and management of penicillin allergy: A review: A review. JAMA. 2019;321:188–99.

[4] McCullagh DJ, Chu DK. Penicillin allergy. CMAJ. 2019;191:E231.

[5] Vyles D, Adams J, Chiu A, Simpson P, Nimmer M, Brousseau DC. Allergy testing in children with low-risk penicillin allergy symptoms. Pediatrics. 2017;140:e20170471.

[6] Vyles D, Antoon JW, Norton A, Stone CA Jr, Trubiano J, Radowicz A, et al. Children with reported penicillin allergy: Public health impact and safety of delabeling. Ann Allergy Asthma Immunol. 2020;124:558–65.

[7]Copaescu AM, Vogrin S, Douglas A, Turner NA, Phillips EJ, Holmes NE, et al. Risk of self-reported penicillin allergy despite removal of penicillin allergy label: Secondary analysis of the PALACE randomized clinical trial: Secondary analysis of the PALACE randomized clinical trial. JAMA Netw Open. 2024;7:e2429621.

[8]Grande D, Luna Marti X, Feuerstein-Simon R, Merchant RM, Asch DA, Lewson A, et al. Health policy and privacy challenges associated with digital technology. JAMA Netw Open. 2020;3:e208285.

ICT Mateに関する製品紹介資料のご請求は
こちらからお申し込みいただけます。

ICT Mateに関する説明、費用、
デモのご依頼については、
こちらからお問い合わせください。