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コラム

2024.6.28

感染症内科ドクターの視点シリーズ①
感染対策チームが知っておきたい「おとなのワクチン」のいま【前編】

岡山大学病院 感染症内科 准教授

萩谷英大(はぎやひではる)先生

茨城県つくば市生まれ。岡山大学医学部卒業後、救急・集中治療領域での研鑽を経て、大阪大学医学部附属病院の感染制御部で感染制御・感染症診療を修得。総合内科専門医、日本感染症学会専門医/指導医、Certificate in Travel Health (CTH)、Certificate in Infection Control (CIC)など感染症関連の認定を取得。薬剤耐性菌が大好き(?)で、ヤバイ耐性菌が検出されたと聞くと逆にワクワクしてしまう性格を何とかしなければならないと感じている。

萩谷英大先生は感染症の診断と治療、薬剤耐性、感染症の予防と対策、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。医療現場で患者の診療に従事すると同時に、研究活動を通じて新たな治療法や予防策の開発にも取り組んでいます。
今回は「おとなのワクチン接種」をテーマに、ワクチン接種に関する最近の制度変更や成人に推奨されるワクチンについて詳しく解説していただきます。

1.ワクチン予防可能疾患(VPD, Vaccine Preventable Diseases)とは

ワクチン予防可能疾患はVaccine Preventable Diseases (VPD)と称され、主に小児科領域で使用されるタームです。これまでにBCG/麻疹/風疹/水痘/ロタウイルスなどの生ワクチンに加えて、様々な不活化ワクチンが小児において定期接種化されてきました。最近のトピックスとしては、2016年からB型肝炎ウイルスワクチンが定期接種に新たに追加され、2024年からは5種混合ワクチン(百日咳/ジフテリア/破傷風/ポリオ/インフルエンザ桿菌)が新たに接種可能になりました。

2.ワクチン接種に関する最近の制度変更

ワクチン接種を語るうえで、昨今の制度変化について理解することが非常に重要です。以下、主な2点について紹介します。

① ワクチン接種間隔のルール変更(図1)

ワクチン接種間隔のルール変更

注射生ワクチン同士の組み合わせ以外の場合は、前のワクチン接種からの間隔にかかわらず、
医師が必要と認める場合、次のワクチン接種を受けることができるようになりました。

従来の日本におけるワクチン接種制度は、同日の複数接種を認めず、不活化ワクチンは1週間、生ワクチンは4週間の接種間隔を設けることが定められていました。このルールを守らずにワクチン接種をして重篤な副反応が出現した際には救済措置制度の適応にならないため、原則として医療現場における接種スケジュールはこのルールを踏襲して決定されていました。しかし、複数のワクチン接種がある場合、病院受診回数が増えてしまうというデメリットがあり、被接種者に負担を強いることになっていました。
2020年10月1日に厚生労働省からワクチン接種間隔のルール変更に関する通達が発せられました※1。生ワクチン接種後は、27日以上の間隔をおかなければ次の注射生ワクチンの接種を受けることはできないという従来の規制は残ったものの、生ワクチンと不活化ワクチン、不活化ワクチンどうしの接種間隔の制限は撤廃され、「2種類以上の予防接種を同時に同一の接種対象者に対して行う同時接種は、医師が特に必要と認めた場合に行うことができる」とされました。 これによってワクチンの同時接種が推進される土壌が整ったわけですが、同時に複数のワクチン接種をうける被接種者の不安に配慮する必要があります。これに対して日本小児科学会は、生ワクチンを含む複数のワクチンを同時に接種しても、ワクチン干渉による有効性低下はみられず、有害事象・副反応の頻度が上がることはないとしています※2。また同時接種の場合においてワクチン数に制限はないともしています。
ワクチンの同時接種が一般化することで得られるメリットとしては、(i)ワクチン接種率の増加による個人・集団免疫の向上、(ii)経済的・時間的負担の軽減、(iii)医療者側の対応負担軽減、などが挙げられます。患者負担の軽減と医療の効率化を同時に達成できる制度変更は医療現場においては大きなメリットであり、今後の成人対象ワクチン接種を推進する素地となったことは間違いありません。
なお、新型コロナウイルスワクチンに関しては、前後2週間は他のワクチン接種を控えるように厚生労働省から通知が出されていましたが、現在、その制限も撤廃されています※3

② 保険診療と自費診療の両立

一般的に保険診療と自費診療を同日に行うこと(=混合診療)は認められず、自費診療に該当するワクチン接種は保険診療とは別の日に受ける必要がありました。総合病院でも開業クリニックでも、通常の保険診療と同日にワクチン接種を実施することができれば、被接種者・医療機関の双方にとってメリットであるにもかかわらず、この混合診療の壁は大きく、成人におけるワクチン接種が進まない大きな理由の一つでした。
平成28年に「療養の給付と直接関係ないサービス等の取扱いについて」という厚生労働省通達において変更があり、「療養の給付と直接関係ないサービス等」の一部について費用徴収することが可能であるとされました※4。この中で、「医療行為ではあるが治療中の疾病又は負傷に対するものではないものに係る費用」という項目において「インフルエンザ等の予防接種、感染症の予防に適応を持つ医薬品の投与」が含まれており、保険診療と同日にワクチン接種をすることが可能(実費徴収可能)という解釈に至っています(表1)。

医療行為ではあるが治療中の疾病又は負傷に対するものではないものに係る費用

特に高度先進医療を提供する総合病院には複数の基礎疾患を抱えた患者や免疫不全状態の患者が通院している割合が高く、保険診療と同日にワクチン接種を可能とした制度変更は大きな前進であったと感じます。筆者は大学病院勤務ですが、脾臓摘出後のワクチン接種を外科受診と同日に提供したり、自身の定期通院患者に対して問診の流れから当日にワクチン接種を決めて接種する、ということを実際に行っています。

3. 成人に推奨されるワクチン

大人に推奨されるワクチン

昨今、いわゆる“おとなのワクチン”のラインナップが増えています(図2)。以下、代表的な3つのワクチンについて簡単に紹介していきます。

① 肺炎球菌ワクチン(ニューモバックス®・プレベナー®・バクニュバンス®)

肺炎球菌は市中肺炎の代表的な起炎菌であり、その他にも敗血症・髄膜炎など様々な重症感染症を引き起こします。現在国内ではポリサッカライドワクチンとしてニューモバックス®(23価)、タンパク結合型ワクチンとしてプレベナー®(13価)、バクニュバンス®(15価)が接種可能となっています。さらに2024年内には海外ですでに臨床使用されている20価のタンパク結合型ワクチンが日本でも承認される見通しです。ニューモバックス®は65歳以上の5歳ごとの年齢に該当する高齢者を対象に一部公費負担制度が敷かれてきましたたが、2024年4月より公費負担対象は65歳の1年間のみとなりました。公費負担制度の実施によりすでに複数回のワクチン接種歴がある人も多く、追加接種の判断について現場の混乱が大きかったことから、「65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方」が関連学会の合同委員会より発出されています※5。具体的な個々の接種スケジュールについてはそちらを参照ください。

② 帯状疱疹ワクチン(シングリックス®)

帯状疱疹とは、水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster virus)による神経節に沿った皮疹及び神経痛を起こす疾患です。通常は1-2週間で発症~水疱形成~痂皮化して改善していきますが、色素沈着・瘢痕・神経痛(帯状疱疹後疼痛:Post-Herpetic Neuralgia, PHN)などが残るケースもあり、発症リスクの高い方には積極的なワクチン接種が推奨されます。80歳までに約3分の1の人が発症するという疫学データもあり※6、基礎疾患を有する高齢者には特にオススメのワクチンといえます。
2か月間隔で2回のワクチン接種による費用は約4万円~と高額ではありますが、ワクチン接種後10年間は帯状疱疹の発症予防効果が80%以上維持されるという長期予防効果が証明されています。4万円で10年間の予防効果が期待できるということは、1年間換算で4000円です。インフルエンザのワクチン接種も同等の費用がかかるため、初期支払いこそ高額かもしれないですが、帯状疱疹ワクチンは長期的には必ずしも高価なワクチンではないと考えられます。

③ RSウイルスワクチン(アレックスビー®)

RSウイルス(respiratory syncytial virus)は代表的な呼吸器感染症ウイルスです。世界中で流行しており、 2歳までにほぼ100%の児が少なくとも1度は感染するとされていますが、終生免疫を獲得することができないため、その後も生涯にわたって何度も感染と発病を繰り返します。日本では従来は夏から秋にかけて流行していましたが、コロナ禍以降は春から夏にかけて流行するという疫学変化を見せています。RSウイルスの基本再生産数(R0)は2-3程度と見積もられておりインフルエンザウイルスと同等ですが、肺炎発症率・慢性疾患増悪率・ICU入室率・死亡率などはインフルエンザよりも悪いことが報告されています※7
アレックスビー®接種によるRSウイルス下気道感染症の発症予防効果は約80%とされており※8、Standards of Care in Diabetes 2024(糖尿病の標準治療2024)、GOLD 2024、米国CDCなど国際的なガイドライン等でも推奨されるようになりました。懸念点を挙げるとすれば、単回接種による予防効果がどの程度長期的に維持されるかが不明なことですが、少なくとも2年ぐらいはブースト接種不要ではないかというデータが出てきています※9。ワクチンの有効性・継続性に関しては今後のデータ蓄積が期待されます。

4. 最後に

本稿では“おとなのワクチン”に関して、最近の国内の制度変更や代表的な3つのワクチンについて紹介しました。ワクチン接種は自費診療となるため基本的には高額です。ワクチン接種をすすめていくためには、日常診療や様々な場面において、「病気にかかる前に病気を予防する意味」を十分に理解していただくための情報提供や説明が欠かせないと感じています。病院の医師や看護師だけでなく、かかりつけ薬局の薬剤師・ケアマネジャー・介護士などからの話題提供は意外と大きな影響があると思います。また家族へのプレゼントの一つとしてワクチン接種の機会を準備することも大変素敵なことです(図3)。

ワクチン接種をすすめるためのアプローチ

本稿で取り上げきることができなかった公費対象ワクチン(子宮頸がんワクチン・風疹ワクチン)については別の機会に取り上げられればと思います。

【参照】

※1 厚生労働省: ワクチンの接種間隔の規定変更に関するお知らせ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou03/rota_index_00003.html

※2 日本小児科学会:日本小児科学会の予防接種の同時接種に対する考え方
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/doji_sessyu20201112.pdf

※3 厚生労働省 新型コロナワクチンQ&A
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/vaccine_qa.html#4

※4 「療養の給付と直接関係ないサービス等の取扱いについて」の一部改正について. 平成28年6月24日
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000128581.pdf

※5 日本呼吸器学会 感染症・結核学術部会ワクチン WG/日本感染症学会ワクチン委員会/日本ワクチン学会・合同委員会
65歳以上の成人に対する肺炎球菌ワクチン接種に関する考え方(第5報)2024年4月1日
https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/o65haienV/o65haienV_240401.pdf

※6 Open Forum Infect Dis. 2017;4(1):ofx007.

※7 Clin Infect Dis 2019;69:197-203

※8 N Engl J Med. 2023 Feb 16;388(7):595-608.

※9 Clin Infect Dis. 2024 Jan 22:ciae010.

  

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