医療従事者向けお役立ち情報
コラム
2024.8.2
萩谷英大先生は感染症の診断と治療、薬剤耐性、感染症の予防と対策、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。医療現場で患者の診療に従事すると同時に、研究活動を通じて新たな治療法や予防策の開発にも取り組んでいます。
前回に引き続き「おとなのワクチン接種」をテーマに、公費での接種が可能な子宮頸がんワクチンと風疹ワクチンについて詳しく解説していただきます。
前回、“おとなのワクチン接種”では、日本国内におけるワクチン接種を取り巻く最近の制度変更と特にオススメしたい3つのワクチン(肺炎球菌ワクチン・帯状疱疹ワクチン・RSウイルスワクチン)について取り上げました。本稿では、成人を対象とした“定期接種”ワクチンについてご紹介したいと思います。定期接種ワクチンと聞くと、小さい子供が受けるものというイメージが強いと思いますが、おとなのための定期接種ワクチンについてもこの機会に是非知っていただきたいと思います。
定期接種ワクチンを理解するためには、日本におけるワクチンの分類方法を知っておく必要があるでしょう。日本国内で流通するワクチンは制度的に大きく二つに分類されます(表1)。
一つは予防接種法に基づく「定期接種」ワクチンで、公費で無料接種が受けられる「A類疾病」と、費用の一部に公費負担がある「B類疾病」に細分されています(図1)。定期接種ワクチンは主に集団の感染予防に重点が置かれたワクチンで、社会で感染症が蔓延しないように個人に対する努力義務や行政的な接種勧奨が発生します。万が一、副反応が発生した際は予防接種法の範疇で救済措置が取られるという手厚い待遇が受けられます。もう一つは予防接種法に基づかない「任意接種」ワクチンで、主に個人の健康の維持管理を目的とした接種という扱いになります。被接種者個人の費用負担による接種となり、副反応発生時にはPMDAの医薬品副作用被害救済制度による対応になるという点が定期接種ワクチンとは異なります。
現在、成人を対象とした“定期接種”ワクチンとして、①子宮頸がんワクチンと②風疹ワクチンが予防接種法で規定されています。両ワクチンとも2025年3月末で公費接種が終了となる見込みであり、今回はこの二つのワクチンについて詳しく取り上げていきたいと思います。
子宮頸がんワクチンは、文字通り癌の発生予防につながるワクチンであり、この点が他のワクチンとは大きく一線を画します。統計データによると、日本では1年間に約10,000人の女性が子宮頸がんを発症し※1、そのうち約2,900人の女性が死亡しています※2。子宮頸がんは20代~30代の妊娠可能年齢の女性に好発する疾患であり、日本人女性の当該年齢集団において最多の癌であることがわかっています。死に至らずとも治療の過程で子宮を切除するなど妊孕性を温存できなくなってしまう方が多数存在するという事実も私たちは認識するべきだと思います。
世界保健機関(WHO)は、子宮頸がんを撲滅するために2030年までの達成目標として90-70-90 GOALS(ワクチン接種率・子宮頸がん検診率・標準治療の受療率)を掲げており、「15歳までに90%の人が子宮頸がんワクチンを接種すること」を第一目標として掲げています※3。2023年末現在、130以上の国がHPVワクチンの定期接種プログラムを導入し世界的なワクチン接種率が向上している一方で、日本におけるHPVワクチン接種率は低迷し続けてきました。多くの方がすでにご存じのように、2013年4月にHPVワクチンの定期接種が日本でも始まりましたが、接種直後から報告数が増加した副反応事例に対する対応措置として、わずか2か月後の2013年6月には積極的勧奨が差し控えられるという事態となりました。その後、諸外国ではHPVワクチンの接種が順調に進む中、日本では政府によるお墨付きが得られないという状況が続き、HPVワクチン接種率が全く上昇しないという、まさに“ガラパゴス化”した状態に陥ったのでした。根拠に乏しい判断によって有益なワクチンが適切に接種されていない日本の状況に対してWHOから警告が入るという前代未聞の不遇を経て、ようやく2022年4月からHPVワクチンの定期接種の積極的勧奨の再開とキャッチアップ接種が開始となりました(表2)。
2024年6月現在、17歳から27歳の11学年にわたる女性(11年)を対象に、公費助成によるキャッチアップ接種(無料)が実施されています(図1)。2023年4月より9価ワクチンも公費助成の対象となり、制度的には整ってきていますが、HPVワクチンの副反応に対する過剰なマイナスイメージを抱く親世代も多く、なかなか接種率が向上しない状況が続いています。キャッチアップ世代は約半年の間に3回のワクチン接種を受ける必要があるため、公費対象期間中に接種完遂するためには2024年9月末までには最初の1回目を接種する必要があります。諸外国に比べて男性は公費助成の対象となっていないこと、学校での集団接種がされていないなど、日本でのHPVワクチン接種を促進する方策はまだまだありそうですが、ワクチン接種に対する個人の認識が充分ではないことが接種率低迷の最大の要因と感じています。
HPVワクチン接種のために産婦人科を受診する必要はなく、内科・小児科など様々な診療科で接種対応が可能ですので、未接種の方はお気軽に近くの病院を受診してみてください。
風疹は代表的な流行性ウイルス疾患の一つで、感染後2-3週間の潜伏期を経て熱、発疹、リンパ節腫脹(耳介後部、後頭部、頚部)で発症します。風疹に対して十分な免疫を持たない妊娠20週頃までの妊婦が風疹ウイルスに感染すると、出生児が先天性風疹症候群を発症する可能性があり、予防可能な疾患として妊娠前にワクチン接種を受けることが強く推奨されています。
現在、第5期定期接種として公費接種が進められている風疹ワクチンについて理解するためには、1977年から始まった日本における風疹ワクチンの定期接種制度を振り返ることが必要です(表3)。
当時、先天性風疹症候群の予防を主目的としていたためか、接種対象者が中学生女子に限定されていました。そのため1962年~1979年生まれの男性(2024年時点で45-62歳の男性)は定期接種を受ける機会がないまま成人になっています。その後、1979年生まれは男女の区別なく中学生時に1回接種、1987年生まれは幼児期に1回接種、そして1990年生まれは幼児期に2回接種が定期接種として導入されるようになりました。この1962年~1979年生まれの男性は「むに(62)なく(79)」世代=「風疹ワクチン未接種世代」であり、社会における風疹流行の一因になることが懸念されたことから、2019年4月から定期接種が開始されました。定期接種化された当初は、3年間(2022年3月末まで)の公費助成実施期間でしたが、途中延長され2025年3月末で終了の予定になっています。
風疹ワクチンの第5期定期接種を受けるための流れを簡単におさらいしましょう(図2)。まず対象者には住民票のある自治体からクーポンが郵送されてきます。風疹のワクチン接種歴がない人は、そのクーポンをもって病院に行くと、無料で風疹の抗体価検査を受けることができます。もしくは健康診断の血液検査で一緒にチェックしてもらうことが可能です。抗体価が不十分と判定された人は、さらに無料で1回の風疹ワクチン接種を受けることができます。クーポンを紛失してしまった人は市町村に問い合わせをしてみてください。
罹患歴・ワクチン接種歴のない成人が風疹を発症すると、小児よりも重症化する可能性があります。また、たとえ自分が軽症であったとしても、周囲に妊婦さんがいる場合、生まれてくる子が先天性風疹症候群を起こしてしまう原因になるかもしれません。様々な啓発活動が推進されていますが※4、まだまだ十分な接種率に到達していないと聞いています。自分自身を守るため、周囲を守るために、是非公費接種制度を利用して風疹ワクチンを受けることを検討してください。
※1 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録) 全国がん罹患データ
※2 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(人口動態統計)全国がん死亡データ
※3 Cervical Cancer Elimination Initiative by the World Health Organization.
https://www.who.int/initiatives/cervical-cancer-elimination-initiative#cms
※4 大阪大学感染症総合教育研究拠点 (CiDER).
https://www.cider.osaka-u.ac.jp/rubella/