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コラム

2024.12.3

感染症内科ドクターの視点シリーズ⑥
治療だけではなく感染対策にもデ・エスカレーション(De-escalation)戦略を!

岡山大学病院 感染症内科 准教授

萩谷英大(はぎやひではる)先生

茨城県つくば市生まれ。岡山大学医学部卒業後、救急・集中治療領域での研鑽を経て、大阪大学医学部附属病院の感染制御部で感染制御・感染症診療を修得。総合内科専門医、日本感染症学会専門医/指導医、Certificate in Travel Health (CTH)、Certificate in Infection Control (CIC)など感染症関連の認定を取得。薬剤耐性菌が大好き(?)で、ヤバイ耐性菌が検出されたと聞くと逆にワクワクしてしまう性格を何とかしなければならないと感じている。

萩谷英大先生は感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は「デ・エスカレーション戦略」をテーマに、2部構成の前半として感染対策にもデ・エスカレーション戦略を応用していくための、日常の医療現場における場面ごとに必要な標準予防策の実践を解説していただきます。

デ・エスカレーション(De-escalation)と聞くと、感染症治療における抗菌薬の適正使用を思い出す人が大半だと思います。デ・エスカレーション戦略とは、広域抗菌薬から狭域抗菌薬、複数治療から単剤治療など、患者さんの臨床的な状態や微生物学的診断に基づいて感染症治療を適正化することを意味します。患者さんの治療にマイナスにならないように、しっかりと状況を見極めて判断することが要求されており、非常に高尚な治療プロセスだと思います。治療を縮小化する方向に薬剤変更するのは心配だという意見もあるかもしれませんが、薬剤耐性菌(AMR, Antimicrobial Resistance)がグローバルな問題になっていることは皆さんもご承知の通りで、既存抗菌薬に対する耐性化を助長させないために、診療科や立場に関係なく、私たち臨床現場のスタッフがデ・エスカレーション戦略に精通し実践することが強く求められています。

今回お伝えしたいのは、デ・エスカレーション戦略という考え方は、感染症治療だけでなく感染対策にも応用していこう、ということです。頭にクエスチョンマークが飛んでいる人がいると思いますので、これから少しずつかみ砕いて説明していきます。

病院における感染対策で最も重要なことは、手指衛生と標準予防策の実践です。手指衛生に関しては、すでに第3弾で説明済みですのでここでは割愛させていただきます。標準予防策とは、最も基本的であるにもかかわらず、最も医療スタッフに理解されていない感染予防策といっても過言ではありません。皆さんは標準予防策を上手に説明することができるでしょうか?私自身、様々な経験や勉強を通して考えてきましたが、現在、最も自分にしっくりくる表現は以下の通りです。

「標準予防策とは、医療行為に伴う体液曝露を事前に予測し、個人防護具を適切に使用すること」

いかがでしょうか?わかったような、わからないような…別に特別なことや奇をてらったことを言っているわけではない、ごく普通の表現に聞こえるかもしれませんが、こういう表現に落とし込むために長い年月がかかった気がします。この標準予防策を語る一文をしっかり理解していただくために少し説明をさせていただきましょう。

まずは「医療行為」です。医療行為と聞くと、採血、点滴ラインの確保から始まり、カテーテル検査・内視鏡検査・手術など様々な侵襲を伴う行為を連想すると思います。それはそれで正解なのですが、日常的に外来や病棟で行う問診・診察・看護・介護なども「医療行為」に該当するということを強調したいと思います。標準予防策の説明文ではこの「医療行為」を行う全ての場面で実践しましょうと謳っているわけですが、この点に違和感を抱く方はいますか?もし違和感を抱いたのならば、あなたは標準予防策を理解していない…ということになります。病院で日々繰り広げられる医療スタッフの行為は全て「医療行為」であり、常に標準予防策とカップリングされるべきものであるということなのです。

次に理解していただきたいのは「体液曝露」です。体液とは何のことでしょうか?これも満点の回答を出せる人はあまり多くないかもしれませんね。体液とは以下に記載するものであり、簡単に考えると、体から出てくる汗以外のもの、とでも表現されるでしょうか。

体液

  1. ①血液・体液(分泌物、排泄物)
  2. ②粘膜(眼球・口腔・陰部)
  3. ③損傷した皮膚

様々な医療行為の結果、これらの体液が体内から体外へ出てきたり露出することは想像に難くないでしょう。「体液曝露」とは、読んで字のごとく、これらの体液に曝露することであり、日常臨床では常にそのリスクと隣り合わせであることも自明でしょう。

最後に、「個人防護具」(PPE, Personal Protective Equipment) についても説明します。一言で表現すると、自分自身を感染から守るツール(道具)です。もう少し具体的には、手を守るための手袋、衣服を守るためのエプロン・ガウン、口や鼻を守るためのマスク、眼を守るためのアイガード・フェイスシールド・ゴーグルなどが該当します。医療スタッフであれば毎日のように使っていますので読者の皆さんは使い慣れたものでしょう。

これで標準予防策をある程度説明することができました。さぁ、明日からしっかりと標準予防策を実践してくださいね!…といって簡単にそれを実践できないのが現実です。何故でしょうか?すべての医療行為で個人防護具を装着すれば完璧な感染対策でしょう。しかし、検温をするだけ、問診をするだけでも「個人防護具」を装着していたら、時間がかかりすぎますし、コストもかさんでしまいます。医療現場は常に複雑であり、効率的に業務を遂行しないと安全面でも問題が発生しやすい状況にあります。したがって、「体液曝露」のリスクがない場合には「個人防護具」は不要です。反対に、「体液曝露」のリスクがある場合には「個人防護具」が必要となります。

ここで、標準予防策の説明文に戻りましょう。

「標準予防策とは、医療行為に伴う体液曝露を事前に予測し、個人防護具を適切に使用すること」

下線を引いた部分「事前に予測」に注目いただけましたでしょうか?そうなんです、これこそが標準予防策の最大のポイントなのです。言われれば、あぁそうだよね、となりますが、これを日常臨床で着実に実践できているかどうか、皆さん手を胸に当てて思い出してみてください。

…さぁ、少しご自身の普段の様子を思い出していただいたところで、一緒に具体的なシナリオを通して考えていきたいと思います。

図1

【シナリオ1】
貴方は病棟に勤務している看護師です。これから朝の採血検査を行います。
個人防護具は必要でしょうか?必要である場合は、何を使いますか?

【回答1】
採血手技は出血を伴う「医療行為」です。血液は代表的な体液ですので、しっかりと身を守らないといけません。採血手技は「手」で行うものですから、「手」を守るために個人防護具として手袋を使用する必要があります。

【シナリオ2】
これから朝の採血検査を行おうと思って準備をしていたら、昨日までは元気だった患者さんがゴホゴホと咳をしていました。
個人防護具は必要でしょうか?必要である場合は、何を使いますか?

【回答2】
シナリオ1の応用版です。採血業務だけであれば手袋の着用だけでよいですが、患者さんが咳をしているという場面に遭遇しました。咳は気管支や肺の炎症を意味しますので、なんらかの呼吸器感染症を発症しているのかもしれません。新型コロナウイルス感染症・インフルエンザ・RSウイルスなどなど病棟で流行しやすい感染症は数え切れません。呼吸器感染症の診断がついていないから感染対策は不要ではなく、診断がついていないからこそ、最初から個人防護具(=サージカルマスク)で予防する姿勢が重要です。したがって、シナリオ2では手袋に加えて、サージカルマスクを着用するというのが正しい感染対策だと思います。

【シナリオ3】
手袋とサージカルマスクを着用して採血を始めようとしていたら、突然、主治医がやってきて「お腹のドレーン抜きましょう。介助お願いします。」と言われました。
追加の個人防護具は必要でしょうか?必要である場合は、何を使いますか?

【回答3】
さらに応用編ですね。お腹のドレーンは腹腔内につながっていますので、当然、抜去に伴う体液曝露のリスクがありますね。ドレーン抜去は手で行うものですので手袋をしていれば大丈夫かもしれませんが、お腹の中のコンディションやドレーンの種類は様々です。特にピッグテイルタイプのドレーンだと抜去時に先がはねて腹水などが飛び散るリスクが高いので、衣服や眼・口の汚染につながる可能性があることが想像されます。したがってここでは追加でエプロンとアイガードを個人防護具として装着するというのが正しい対応になると思います。

標準予防策の実践は難しいものですが、シナリオを通して考えると少しは身近に感じることができたでしょうか?標準予防策はスタンダード・プリコーション(Standard Precaution)に由来する日本語です。私は、標準予防策の理解を難しくしているのが、そもそものスタンダード・プリコーションという英語表現だと思っており、行動内容から導き出すのであればシチュエーショナル・プリコーション(Situational Precaution)の方がずっとしっくりくると考えています。これからは、場面(シチュエーション)ごとに必要な感染予防策を考えて実践する、という意味でシチュエーショナル・プリコーションという表現を推奨していきたいと思います。

今回は、感染対策におけるデ・エスカレーション戦略をお伝えしようと思っていましたが、その入り口である標準予防策の説明で紙面がいっぱいになってしまいました。次回、お待ちかねの感染対策におけるデ・エスカレーション戦略についてご紹介いたします。

  

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