医療従事者向けお役立ち情報

コラム

2025.2.12

感染症内科ドクターの視点シリーズ⑧
一歩先行く抗菌薬適正使用の考え方
短期療法のメリット ~Shorter is Better~

岡山大学病院 感染症内科 准教授

萩谷英大(はぎやひではる)先生

茨城県つくば市生まれ。岡山大学医学部卒業後、救急・集中治療領域での研鑽を経て、大阪大学医学部附属病院の感染制御部で感染制御・感染症診療を修得。総合内科専門医、日本感染症学会専門医/指導医、Certificate in Travel Health (CTH)、Certificate in Infection Control (CIC)など感染症関連の認定を取得。薬剤耐性菌が大好き(?)で、ヤバイ耐性菌が検出されたと聞くと逆にワクワクしてしまう性格を何とかしなければならないと感じている。

萩谷英大先生は感染症の診断・治療と制御・対策、薬剤耐性、感染症の流行調査など、幅広い専門分野に精通されています。実際の現場で感染症診療や感染制御に従事すると同時に、研究活動にも注力されています。今回は、抗菌薬の適正使用をテーマに、従来の「狭域抗菌薬」の考え方に加え、「短期療法」に焦点を当てた新しい視点について解説していただきます。

前回前々回は、感染対策の基本である標準予防策について、私なりの意見・考え方をお伝えいたしました。今回は感染症の治療にフォーカスして進めていきたいと思います。

薬剤耐性菌(AMR, Antimicrobial Resistance)に関する問題はグローバル規模で取り組むべき課題であることは皆さんご周知のとおりだと思います。日本国内でも、厚生労働省が様々な目を引くポスターを作成して、医療関係者のみならず一般の方に話題提供しています。

(厚生労働省作成のポスター)

抗菌薬のスペクトラム

AMR対策は多面的であるべきですが、様々な対策の中でも抗菌薬適正使用の推進は大きな柱であり、“広域抗菌薬の使用制限”を主とした活動を多くの病院が行ってきました。抗菌薬には“活性スペクトラム“、すなわち当該抗菌薬が有効である細菌の種類が決まっており、多くの細菌に活性を持つ薬剤は”広域抗菌薬“とされています。図1はβラクタム系抗菌薬に分類される、ペニシリン系・セフェム系・カルバペネム系の代表的な薬剤における各種微生物に対する抗菌スペクトラム表です。矢印が短いほど限定された細菌にのみ有効である狭域抗菌薬、矢印が長いほど多種多様な細菌に有効な広域抗菌薬であることを視覚化しています。ペニシリン系抗菌薬のピペラシリン/タゾバクタムや、カルバペネム系抗菌薬のメロペネムは矢印が非常に長く、広域抗菌薬であることが一目瞭然かと思います。

図1

(注釈)MRSA, メチシリン耐性黄色ブドウ球菌:MSSA, メチシリン感受性黄色ブドウ球菌:Strept, 連鎖球菌:E/K/P, E. coli/ Klebsiella/ Proteus:S/C/E, Serratia/Citrobacter/Enterobacter:Acineto, Acinetobacter:ESBL, 器質拡張型βラクタマーゼ

薬剤耐性化

広域抗菌薬は特に起炎菌が不明な状況では有効ですが、長期的に投与していると体内に潜伏する細菌が防御メカニズムを獲得して効かなくなることがあります。これを薬剤耐性化といいます。薬剤耐性化した微生物は、その患者さんの体内で感染症を起こすことがあります。また、その患者さんは保菌だけで済むかもしれませんが、周囲の環境や患者さんに伝播して、別の患者さんに感染症を起こす可能性があります。これが、感染症診療とその他の領域の診療で圧倒的に異なるポイントです。すなわち、非感染症(リウマチや腫瘍など)の診断・治療は原則その患者さんだけにとどまりますが、感染症治療の影響は薬剤耐性菌の出現とその水平伝播という形で、その患者さんだけではなく周囲の患者さん(医療従事者含む)にも見えない形で影響を与えるのです。また、薬剤耐性化にも“程度”があり、他の抗菌薬で代替可能な場合と、多剤耐性化して有効な治療薬が提案できないケースも存在します。広域抗菌薬を投与するということは、こうしたリスクを常にはらんでいるんだということを強く認識して、目の前の患者さんと未来の患者さんのために適正使用をするという覚悟が必要といえるでしょう。

Narrower is Better から Shorter is Better

従来的な抗菌薬適正使用活動は抗菌薬のスペクトラムに着目して、なるべく狭域(Narrower)の抗菌薬に変更することを意味していました。例えばβラクタム系抗菌薬であれば、メロペネムからアンピシリン・スルバクタムに変更する、という治療変更です。もしくは2剤併用療法から単剤治療、抗菌薬治療+抗真菌薬治療から抗菌薬治療のみにすることもNarrower is Betterです。しかし、いくら狭域(Narrower)の抗菌薬に変更したとしても、それが延々と必要以上に投与されていたらどうでしょうか。やはりその抗菌薬には薬剤耐性化が起こってくる可能性があり、将来的には使えない抗菌薬になってしまう可能性があります。
読者の皆さんは積分方程式を覚えているでしょうか?私はすっかり忘れてしまいましたが、コンセプトとしては、ある関数から得られる全体の面積(量)を求める方法だったと思います。X軸とY軸の数字が大きくなれば積分の結果は大きくなりますが、これを抗菌薬治療に置き換えて、X軸に抗菌薬スペクトラム、Y軸に抗菌薬の投与期間、方程式から得られる結果を抗菌薬の曝露量と考えてみてください(下図2)。抗菌薬スペクトラムが広くなる(X軸が大きくなる)ほど抗菌薬の曝露量が増加するので、薬剤耐性化のリスクが高まります。従来の抗菌薬適正使用活動はスペクトラム重視で動いており、いかにX軸の要素を小さくするかという視点が主でした。しかし、積分方程式に基づくと、Y軸=抗菌薬の投与期間が長くなればなるほど抗菌薬暴露量が増加することがお分かりいただけるかと思います。X軸の適正化が定着した病院では、次はY軸に着目し、抗菌薬治療の短縮化(Shorter is Better)に目を向けて取り組んでみてはいかがでしょうか。

図2

Shorter is Betterのエビデンス

抗菌薬の治療期間を短縮していくことはどのぐらい安全に可能なのか、この点がクリアにならないとShorter is Betterは実践されないと思います。これまでに既に様々な研究がなされており、一定のエビデンスが確立していると言っても過言ではないと考えています。米国の医師がホームページ上でまとめている情報が有用だと思いますので具体的に紹介させてください(下図3)。
例えば市中肺炎の場合、以前は1週間治療するのが当たり前という雰囲気がありましたが、今は3-5日間の治療で十分であるとされています。1週間以内の治療でも問題ないという点は、日本呼吸器学会が2024年に改定した成人肺炎診療ガイドラインにも“弱い推奨”として明記されています。腎盂腎炎は2週間の治療期間が相場でしたが、現在は、たとえ菌血症になっていたとしても非複雑性の場合は7日間でよいということが証明されています。

図3

https://www.bradspellberg.com/shorter-is-better

Shorter is Betterの例はほかにもたくさんあります。非複雑性の連鎖球菌感染症は、従来は2週間程度治療することがなんとなくのコンセンサスでしたが、スイスのローザンヌ大学病院で実施された後ろ向き研究の結果、短期治療群(5-10日)と長期治療群(11-18日)では臨床的失敗に差はなかったとされています[1]。すなわち、血液培養が速やかに陰性化し、体内人工物がないような非複雑性の連鎖球菌感染症では1週間前後での治療で問題ないということです。また、Clostridioides difficile感染症は、従来は10-14日間の治療が推奨されていますが、バンコマイシン5-7日間、フィダキソマイシン5日間の治療でも再発率などの臨床的な効果は問題ないという研究結果も報告されています[2]。ただ単施設研究で症例数が少なく、日本で最も使用されているメトロニダゾールに関してのデータではありませんので、この研究結果に関しては追試験が必要でしょう。

さらには抗菌薬が必要と信じられてきた病態でも、実は抗菌薬投与が不要であるというエビデンスもちらほら出てきています。2024年に発表された非複雑性の急性憩室炎に関するシステマティックレビュー&メタ解析では、抗菌薬を投与しない方がむしろ疾患再発率は低く、入院期間は短いことが示され、緊急手術、待機的手術、複雑性憩室炎への進展、再入院、30日死亡率に有意差は認められませんでした[3]

Cheaper is Better?

X軸=抗菌スペクトラム、Y軸=投与期間に続く第3の視点として“Z軸=薬剤コスト”の重要性を最後に紹介させていただきます(下図4)。多くの病院がDPC制度で診療報酬を受け取っており、基本的には主病名に応じて支払われる収入が病院経営を支えています。しかし、難治性疾患・重症疾患の患者さんの場合、想定された入院期間をオーバーして濃厚な治療を受けることも少なくありません。その結果、どうしても治療費が診療報酬額を超えるといった状況があり、赤字経営が続いている基幹病院・大学病院が多くなっているということはすでに知られているところです。経営不振にあえぐ医療機関では、薬剤コストを意識した感染症診療の重要性が年々高まってきていると思います。

図4

端的に、“Z軸=薬剤コスト”で考えるべきことは、似たような治療薬でもなるべく安上がりなものを選択する、ということに他なりません。下表は肺炎や尿路感染症で頻繁に用いられる抗菌薬について、成人における1日薬価をまとめたものです。この中でスペクトラム(X軸)的に優先して選択されるべき抗菌薬はアンピシリン/スルバクタムであるということには異論ないと思いますが、筆者が調べたところ、本稿執筆時点では1日当たり約2600円のコストがかかります。一方で、スペクトラム的に広域なセフトリアキソンは1日当たり1220円で治療できてしまいます。両薬剤のスペクトラムの違いと1日当たり1500円ほどの薬価差にどれほどの意味があるかという点については、様々な考え方・とらえ方があっていいと思いますが、皆さんはどうお感じになられるでしょうか。また、キノロン系抗菌薬はなるべく温存していくという大枠の理解で抗菌薬選択がされているとおもいますが、経口レボフロキサシンは1日当たり80円しかかからず、コスト面では大きなアドバンテージがあります。点滴薬に比べて実に30倍ほどお安い経口薬があるのにそれを使わないというのは経営者視点では理解されにくいところでしょう。

肺炎患者・尿路感染症に対する頻用抗菌薬(筆者調べ:いずれもジェネリック薬品)
抗菌薬:商品名(略号) ドーズ コスト(1日薬価)
アンピシリン/スルバクタム(ABPC/SBT) 3g×4回 2600円(650円×4回)
セフメタゾール(CMZ) 1g×4回 3240円(810円×4回)
セフトリアキソン(CTRX) 2g×1回 1220円(1220円×1回)
メロペネム(MEPM)1g×3回 5520円(1840円×3回)
レボフロキサシン(点滴) 500mg×1回 1260円(1260円×1回)
レボフロキサシン(内服) 500mg×1回 80円(80円×1回)

まとめ

抗菌薬適正使用としてNarrower is Betterが当たり前となった今、これからはShorter is Betterへシフトチェンジしていく必要があります。様々な感染症に対する短期療法のエビデンスはすでに多数報告されており、ガイドラインでも取り上げられるようになっています。薬剤耐性菌時代において、Shorter is Betterを合言葉に一歩先行く感染症診療・抗菌薬適正使用を推進していただきたいと思います。さらに抗菌薬の薬価にも着目したCheaper is Betterという観点も今後は重要になってくるでしょう。高校時代の積分方程式を思い出し、X軸(抗菌薬スペクトラム)、Y軸(抗菌薬の投与期間)、Z軸(薬剤コスト)のバランスを意識した抗菌薬選択が理想的な感染症診療といえるかもしれません。

【文献】

[1]Fourré N, Zimmermann V, Senn L, Aruanno M, Guery B, Papadimitriou-Olivgeris M. Duration of antimicrobial treatment for uncomplicated streptococcal bacteraemia: Another example of shorter is better. J Infect. 2024;89:106313.

[2]Duricek M, Halmova K, Krutova M, Sykorova B, Benes J. Is shorter also better in the treatment of Clostridioides difficile infection? J Antimicrob Chemother. 2024;79:1413–7.

[3]Mohamedahmed AY, Zaman S, Das N, Kakaniaris G, Vakis S, Eccersley J, et al. Systematic review and meta-analysis of the management of acute uncomplicated diverticulitis: time to change traditional practice. Int J Colorectal Dis. 2024;39:47.

  

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